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充実しすぎた4年間-4回生 1C 相田俊祐-

平素よりお世話になっております。




初めに日頃より応援してくださるOBG、保護者、関係者の皆様、いつも多大なるご支援、ご声援誠にありがとうございます。




OBGの中でも、中島さん、植地さんには1年生のサポート面で大変お世話になりました。ここまでの道のりはお二方がいなければ、成し遂げられなかったと思います。




また、同期の保護者の皆様にも大変お世話になりました。いつも1年生の試合を観に来て頂きありがとうございます。母にお母様方のLINEのグループを見せてもらいましたが、保護者の方々に本当に支えられているのだと実感しました。最後まで頑張ります。












吉田純基から紹介に預かりました、4回生の相田俊祐です。本年度は1年生のコーチを務めさせていただいております。




まず初めに吉田の紹介をしたいと思います。




「こいつほんまになんやねん」




吉田という男は苦労がかかります。


感情の起伏が激しく、赤ちゃんのように感情のまま行動します。首元によだれかけをかけて、口にはおしゃぶりを突っ込んでおきたいくらいです。




「やるやん」




吉田という男はラクロスに熱く、チームを鼓舞し、勝利をもたらします。


冷静さはないですが、それが逆にいいところでもあります。狂った様にラクロスに没頭する力があり、それを周りに伝染させられる。そして、チームに勝利をもたらしてくれます。




今シーズンは終わってしまいますが、チームをここまで引っ張ってきた、じゅんきには本当に感謝したいです。




シーズン当初の人間とは思えないほどリーダーとして成長したと心から思います。これからもじゅんきの成長を願っています。(プレーが上手くいかなくて、端っこでしょげるのだけはやめや笑)




吉田の紹介はここまでにして、本題に移りたいと思います。




振り返ると情けないラクロス人生でした。




1年から3年までプレーヤーとして活動しましたが、何ひとつ成果を上げられませんでした。




1年生の頃は周りの上手さに圧倒されて、絶望。備品リーダーとしての仕事に絶望。よしきさんの怖さに絶望。絶望の3点セットを高いお金(ヘルメット代等)を払って購入しました。




本気でラクロス部を辞めたいと思いましたし、辞めるためのアクションも実はとってました。(知らない人もいるかとは思いますが)




特に夏休みがこの世の終わりぐらいしんどかった記憶があります。練習場に行くと、暑いだけではなく、死ぬほど怒られて。たまに備品ミスもするし。頭の中は大混乱。






苦しい日々を乗り越えて、2年生になりました。




2年からは上回生に混じっての練習だったので、さらに苦戦しました。これまた地獄。なんにんも上手くいかん。




しかし、1年の頃のように叱ってくれる人はおらず、ただただ惨めな思いをするだけ。本当にきつかったです。






3年になってからは精神的な余裕は出てきましたが、チーム内での序列は下の下の下。チームは全国2位になりましたが、選手として1mmも貢献できませんでした。そして、ゼミ活動の忙しさもあいまって、気づけばシーズンが終了していました。








そして迎えた、コーチ決めのミーティング。




本音を言うと、このタイミングで選手を辞めることは1年生の5月くらいから分かってた気がします。




みんなと比べてラクロスの技術、プレーに対する熱が違いました。




でも、ラクロスが好きで、関学ラクロス部が好きで、同期が好き。




この思いは揺るぎなかったです。




その思いがあったからこそ、天真がコーチ決めのミーティングで言った「日本一」の言葉に対して、自分のできる事で貢献したいと思いましたし、日本一の景色を見たいと思いました。




そのような思いを持って、私が下した決断はアナライジングスタッフになる事でした。




しかし、始めてみると、なんかしっかりこなくて。




どうしようか考えていたときに、1回生コーチの選択肢を与えられました。




アナライジングと比較したときに自分の適性は間違いなく1回生コーチにあることはわかっていました。




ただ、自分に本当にできるか。その不安から快諾はできませんでした。




しかし、天真からもらった言葉や、一緒に一回生コーチをするのが仲のいいつぼちんだということもあり、結局1回生コーチをする事にしました。




この選択は正しかったと思います。本当に。




そして、1回生コーチとしてのラストイヤーをスタートさせました。




この1年は体力的なしんどさより、精神的なしんどさがありました。




全然上手くアドバイスできないし、戦術の説明もできない、1年生は言うことを聞かない、備品ミスを繰り返す等々。




気持ち的に疲弊。




はじめの頃は1回生の皆んなに対して、叱ったり、厳しいことを言っていました。




しかし、次第にその力もなくなり。




気づけば、ゆるーーい1回生コーチになってしまっていました。




変えないと。でも。えー。どうしよ。あー。




自分の性格上、人に厳しく接したりする事が苦手だったため、それができませんでした。(つぼちんほんまにごめん!)




みんなからも思われてると思います。


この人ほんまに一回生コーチか?って。ごめんね。




2.3.4年生のスタッフ、選手のみんなには多大なるご迷惑おかけしました。(嫌いにならないでください)。特にスタッフのみんな本当にごめん!




コーチとしての理想像は得られませんでしたが、ラクロス人生最後の1年として、素晴らしい1年を送らせていただきました。




苦労する部分は多かったですが、1年生のみんなは最高に面白くて、輝いていて、一緒に活動できて本当に良かった。(にしけんとおかちゃんを息子にしたいです)




ここで、1回生のみんなにメッセージを送るコーナーです。五十音順でいきます。




有馬へ。


上手くいかなくて落ち込んでる事多かったけど、落ち込んでる姿がなぜがちょっと可愛かったです。(体デカいくせに、クヨクヨしてたから笑)


有馬はポテンシャルあるし、人間性も良いから、もっともっと活躍できると思います。3年後の駒沢の舞台で「ありまーー」って叫ばせて欲しいなー!期待してます!今年1年ありがとう!




…。すみません。長くなるのでこの辺でメッセージのコーナーは終わらせていただきます。(おもんない)




このように選手やスタッフ1人ひとりとの思い出やみんなに対する感謝の気持ちがあります。




本当に最高の1年にしてくれてありがとう。心の底から感謝感謝(ハッピースマイル)。




絶対にウィンター優勝して、全国大会も優勝しよう。最強世代の完成まであと1歩。




1年生のことはこの辺にして。




最後に同期に関して述べて、このブログのシャッターを下ろします。






同期のみんなへ。




俺、あの瞬間、人生で1番よくわからなかった。




京都大学との決勝戦。どこかで勝ってくれると思ってる自分がいて。




気づいたらゲーム終了。引退。




天真が泣きながらスピーチしてるところを見るのは本当に悲しかった。




試合が終わってから、現実がわからなくて混乱してました。




けど、みんなが練習にこなくなった事で強く終わりを実感しました。




「あーもう終わったんや」




いつも通り原付に乗っていると自然と涙がでました。まだ会えるけど。もうおわり。




翌日のバイトは心がモヤモヤして、ちょっとしんどかった記憶があります。




最後は悲しい終わり方でしたが、同期のみんなに出会えて本当に良かったと思います。




1年生の京都カップ、ウィンターでの優勝。オフの旅行。キャンプ。練習後のご飯。中道家でのパワプロ。石橋での飲み会。人間性に問題ありまくりの恋バナ等。




思い返せばキリがないほど、みんなとの思い出で溢れています。




なっさけないラクロス人生でしたが、みんなのおかげで成長でしたし、最高に楽しかった!!




大感謝や!!!ありがとう!!!




以上で私のブログを終わらせていただきます。




次にブログを回すのはつぼちんこと、坪田光平です。




つぼちんは私と共に1年生コーチを務める仲間です。




今年で選手を辞めましたが、積極的に1年生の練習に入り、メキメキ実力を上げていく姿に尊敬の念を抱きました。




また、主務として仕事をこなしているつぼちんは人としてカッコよかったです。(私生活のほうではかっこよくないところもありましたが笑)




また、つぼちんのご両親にはお世話になりました。いつも試合を観に来てくださり、ありがとうございます。また、試合の際に車で送ってくださり、ありがとうございました。




先日の1.4年生のメッジにて、つぼちんがゴールを決めたシーンの動画(ご両親が撮影)を見させて頂きました。




お二人の幸せそうな笑い声が動画に入っていて、私も幸せをいただきました。ありがとうございます笑




そんな素敵なご両親に育てられた、つぼちんの素敵で最高に心温まるブログをみんなで読みましょう!




つぼちん頼んだよ??

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