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しくじり先生-4回生 Bコーチ 高本泰樹-

平素よりお世話になっております。




まず初めに、日頃より応援してくださる保護者の皆様、OBG、関係者の皆様、多大なるご支援、ご声援ありがとうございます。


11/22に控えています、Bリーグ全学決勝では必ず勝利し史上初の日本一を達成しますので、応援の程よろしくお願い致します。


みさきから紹介に預かりました、BチームDFコーチの高本泰樹と申します。


まず初めにみさきの紹介をしたいと思います。

みさきはおそらくチーム内で一番チーム愛が強いと言っても過言ではないと思います。チームのためにブチギレ、チームのために泣くまさに母の様な存在です。そんな彼女ですが、僕のボケには唯一と言っていいくらい大笑いしてくれます。ありがとね。

Bチーム初の日本一の景色一緒に見ましょう!!


みさきの紹介はここまででここからは僕のラクロス部の波乱の4年間を振り返っていこうと思います。文章を作るのがとても下手で、なにを言っているのかわからない部分もあると思いますが、最後まで読んでいただければ幸いです。


〜1回生〜episode1”ラクロスとの出会い”


中高6年間厳しい部活動で活動していたこともあり、大学では華のキャンパスライフを夢見て入学しました。しかし、いくつかのサークルの新人歓迎会に参加したのですが、何ひとつおもしろくなく、退屈に感じていました。気がついた時には茶髪、ピアスを付けた状態で体験練習に参加し、気がつけば入部式に参加していました。

黒江くんや、水落くんなど初対面なのに元から友達だったかのように接してくれたり、これからの4年間は面白くなるんだろうなと期待を胸にラクロス部が始まりました。

入部してすぐ、中井くんと授業後16時頃から壁を6時間してその後にエニタイムで筋トレするというバケモノ生活をしていたのですが、3日ほどで終了し、2人とも気がついた時にはエニタイムを退会するという世界の終わりの様なムーブをしていました。世界の終わりの様な出来事が多々ありましたが、サマー、京都カップ、ウィンター、あかつきで優勝して日本一まで獲得し、今思えばラクロスに没頭していたと思います。本気で試合には勝ちたいと思っていたし、勝つため、上手くなるために壁に行くまさにラクロッサーでした。

この時の僕は3年後コーチになっているとは知る由も無い…


〜2回生〜episode2 “ラクロスに恋した季節”


ラクロス人生で一番波に乗っていたのが2回生だったと思います。練習をするごとに上手くなっていることを実感し、Aチームでも自分の実力が通用する瞬間があり、心の底からラクロスが好きでした。新チームが始まってすぐ頃のつま恋での慶應との試合は今でも忘れられないぐらい楽しかったのを覚えています。

開幕戦では出場わずか1分ほどでショットが直撃して救急車に運ばれたのも今となってはいい思い出です。

関東遠征で某大学との練習試合中のスタンドで目を疑うものを見つけ試合そっちのけで大笑いしたのも覚えています。

この頃は通学電車の中でも練習動画を何度も見返し、上手くなるために常にラクロスのことを考えていました。

この頃もまだ2年後コーチをやっていることは知る由もありません…


〜3回生〜episode3”しくじりロッサー”


3回生は一言で言うと最悪の年だったと思います。新チームができてすぐの頃は2回生の時と同様ラクロスが好きで、活躍したいと気持ちがずっとありました。しかし腰痛や、高校の時に怪我をした膝の靭帯の痛みが再発などにより、思う様にラクロスができず、2回生の時の様な、練習をするたびに上手くなっていると実感することがほぼ無くなってしまいました。正直上手くなっているどころか下手になっているまでありました。何度か部活を辞めたいと思った事もありましたが、結局この部活の先輩、後輩、同期と一緒にいることが好きで続けることができました。

2回生の時のとは違い、Aチームで練習する回数がどんどん減って気がつけば、なんでラクロスしてるんやろ?とまで思う様になっていました。ここだけの話かなりズル休みの回数も増えていたと思います。

ここでさらに大きな出来事がありました。



episode3番外編”筋挫傷くんとの出会い”


3回生のアスファルトから立ち上る陽炎と、じりじり照りつける太陽に包まれた、息苦しいほどの真夏の午後、前任のBコーチ千葉さんによる罰走ランをしていました。僕の太もも裏が突然唸りをあげ言うことを聞かず、気が付けば倒れていました。これが筋挫傷との出会いになります。筋挫傷とは名前は凄そうですが、実際はただの肉離れです。病院に行くと1ヶ月ほどで治ると言われ、ただの肉離れかと思っていました。しかしここから筋挫傷くんの逆襲が始まりました。1ヶ月後練習に入り、久々の運動で少し楽しみに一歩目を踏み出したところ、まさかの一歩目で再発、再度病院に行くと、訳のわからないぐらい悪化しており、あと2ヶ月は運動禁止という状況になりました。

2ヶ月運動出来ず、自身初夏の一大イベント、夏合宿がただ寝泊まりしてビンゴだけをしにいくという僕からすればただの小旅行に変化しました。

僕を苦しめた筋挫傷くんとのエピソードはここまでにしておきます。


運動できる様になった2ヶ月後には、もう10月半ばというシーズンが終わりかけの時期でした。ラクロスへのモチベーションはほぼ0状態で、その頃はただ千葉さんを勝たせたいと言う思いだけでラクロスをしてたと思います。(嘘じゃないですよ千葉さん)

Bリーグ最後の試合の明治学院大学戦では、負けた時、本気で悔しかったのを覚えています。

正直やり切りました。


今年は去年の悔しさを糧に後輩たちがやってくれるはずなので是非見に来てください。


この頃の僕は来年コーチをやっていることは知る由もある。



〜4回生〜”episode4ラストイヤー開幕”


ミーティング三昧イヤーが始まりました。

チームのこと、コーチのことたくさん話し合いました。DF全員で話した時は選手やりたいと言っていましたが、黒江くんとゼミに行っている時に膝の持病なども相まって正直コーチでもどっちでもいいと言っていました。

結局コーチになりました。

コーチになってからなんだか体がスッと軽くなった気がして重荷が降りた気分になりました。


そこからチームビルディングの時期が始まり、植地さんにサポートしていただきながら、岡ちゃんと色々今年のBチームをどうしていくか考えていきました。

練習をしていくなかで、今年の2回生がラクロスの基本である66の理解が無茶苦茶である事が発覚し、理由を聞いたところ去年の一回生の頃はロングが4枚おらず、オールショートでやっていたこと、クリアは「戦術なるひ」とかいう全てなるひに任せると言うチームスポーツとは思えない事を行なっていたことが発覚し、それの弊害により、66の理解度を高めることが本当に大変でした。

そして何よりBチームの野郎達は僕の事を友達だと思っている人が多く、タメ口、2回生のくせに僕に用事がある時ロングで突いてくるやつ、シンプルなめてるやつまみれでした。でもフィールドに入れば顔色を変えて試合の度、本気で勝とうとしてくれるところが最高に好きでした。ありがとう。


Bリーグが始まった頃、学年ミーティングでの議題はずっとBチームの選手をどうにかしろというものでした。議題にする割には、Aチームからのアプローチが全くなく、Bチームの選手が授業で練習を抜け10人もいないのにAの練習に入れてもらえず、Aの練習が終わるまで謎の練習をさせられる始末。

正直この頃はBCチームコーチ一同、Aチームが嫌いでした。(マジです。)


BCコーチの藤田くんとは何度も一緒に部活やめてBCコーチに空白作ってチームを困らせたろうぜとか言っていましたが、そんな度胸は1ミリもございません。


そんなこんなで僕のコーチ生活の日々が流れていきました。コーチになったことで運動を全くしなくなり僕の体に沢山の異変が起こりました。まずは体重の増加です。現役時代を優に上回る人生最高体重を叩き出してしまいました。

またある日全く首が動かず、激痛にやり動く事もできなくなってしまい病院に行くと、謎のヘルニア発症。足の親指に激痛が走り病院に行くと痛風という現役22歳大学生とは思えない体になっていました。

過去一体に異変があった一年とも言えます。


話を戻して11/22。

正直ここまでくるなんて最初は全く思っていませんでした。ただ試合をこなす度、言葉では表しにくいですが、ただ負ける気がしなかったです。マジで頼もしい後輩達だと思います。

決勝の早稲田戦も負ける気はしません。最後の最後までBチームと一緒に果てます。

最後笑涙での胴上げ頼みます!


是非、OBGの皆様、保護者の皆様、関係者の皆様皆様、東京というかなり遠い場所にはなりますが一緒に歴史的瞬間を見るために、応援お願い致します。必ず勝ちます。


感動とは程遠く離れた僕の4年間の出来事はこのあたりにして、ここからはお世話になった人へのメッセージを綴ろうと思います。


〜同期へ〜

まずは、ありがとう。

マジでこのメンバーじゃなかったら多分途中で部活を辞めてたと思います。どんだけ辞めたくても、逃げ出したくてもみんなの顔が浮かんできて続けることができました。

例年では中々あり得ない就活のシビアな感じが今年は全くなくて、それもこの代の良いところやったなと思います。

これから卒業旅行とか、学年会などあると思いますが、程々に大暴れしましょう!!

社会人でも仲良くしましょうね。

ほんまありがとう!!


〜後輩へ〜

正直、ミーティングは中々やらへんし、常に練習を早く終わらせようとしていたこんな僕に着いてきてくれてありがとう。

一つ、二つ上の先輩として言えることは、どんな形でも良いから最後までやると決めたことはやり切れ!!どんだけキツかったり、ネガティブになっても終わってしまえば、悲しかったり、笑い話になるから。

今辞めたいとか、きついって思ってる人がもしおったら今すぐ連絡ちょーだい。全部解決します。この一年腹立つこととかストレスになること多過ぎて白髪めっちゃ増えたりしたけど、一番近くで、一番近くで一緒にいた高本泰樹はどんなときであろうと味方です。

今年のBCチームがこのメンバーでほんま良かったです!!

東京でバーチャルな世界に飛び込んできますので、東京に遊びにきた時はいつでも呼んでねー。


〜俺の息子三銃士へ〜

1年間ありがとうな。

俺のことを友達やと思っている俺の事を完全に舐めている、しゅんすけ

山岡家と俺の家を何度も往復して俺の事を完全に舐めている、よっこん

シーズン終わりに差し掛かったぐらいに本性出てきて俺の事を完全に舐めている、みぞ

なんやかんやお前らがおったから今年の部活は楽しかった。来年はお前らが息子三銃士を作るんやで。お前らとの日常で起こる些細な思い出が多すぎて逆になんも思い出せへんけど、とにかくありがとう!

俺の4年間お疲れ様会、労り会開いてくれる事を待ってます。※財布は家に置いていきます

ありがとう!


〜佐藤太一君へ〜

なんでお前に個人的な事書いてるんやろ?と思いながら書いてます。「憎たらしい後輩賞」「なんか一発しばいとときたいワングランプリ」「でも可愛くて良い後輩やったな賞」と僕の中では大谷翔平と並ぶぐらい受賞しています。

東京でも、引退した後でもうまい中華料理、ピーターパーカー連れていこか。ありがとな!


〜両親へ〜

中学から約10年間、ジェットコースターみたいなスポーツマン生活を全力で応援してくれてありがとう!

面と向かって直接お礼を伝えるのは恥ずかしてくて言えてないけど、本気で感謝してます。

この10年間で何度も壁にぶつかって、悔しい思いをしてきたけど、家に帰れば当たり前のように応援してくる2人がいたから、10年間やり切ることができた。

どれだけ支えられていたか、今になって本当に実感してる。

これからは、少しずつ恩返しをしていきます。

本当にありがとう。これからもよろしく。


一度も読み直しせずに無茶苦茶な文章だったと思いますが、最後まで読んでいただきありがとうございます。


次にブログを回すのは岡ちゃんです。


岡ちゃんは今年一年部活で関わった、Bチームオフェンスコーチです。

岡ちゃんとは高校が一緒だったのにもかかわらず、一度も喋ったことがなく、静かなイメージを勝手に持っていましたが、大学で初めて喋ってイメージの岡ちゃんが崩れてしまいました。

大声で爆笑し、訳のわからないボケをしてきたり、逆にイジられていたり。

コーチの相方が岡ちゃんで本当に良かったと思います。

あ、今年一年メニュー決めから色々ありがとう笑

そんな岡ちゃんが書くブログは芥川賞受賞じゃ済まされない超大作間違いなしです!



それでは、皆様、お楽しみ下さい。

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