『誰が為に』-4回生 スタッフリーダー TR 前田知輝-
- kg lacrosse
- 2025年12月12日
- 読了時間: 18分
平素よりお世話になっております。
まず初めに、日頃より応援してくださる保護者の皆様、OBG、関係者の皆様、多大なるご支援、ご声援ありがとうございます。
皆様のご支援がなければ今年のチームがここまでの成績を残すことはできませんでした。
今後とも関西学院大学男子ラクロス部をよろしくお願いいたします。
アキノスケから紹介に預かりました。
2025年度スタッフリーダーを務めさせていただきました前田知輝と申します。
ブログを始める前に、今週末の12月14日(日)には神戸運動総合公園にて、2025年度チームの最後の試合となる、1回生のウィンターカップ決勝トーナメントが行われます。
熱すぎるコーチ陣のもとで、同じく熱すぎる今年の1回生はラクロスにも筋トレにも努力を惜しまず取り組んできました。
これから4年間ある彼らのラクロス人生にとっては通過点かもしれませんが、この1回生チームの集大成であるウィンターカップを必ず優勝してあかつきカップでも優勝してくれることを信じています。
是非応援のほどよろしくお願いいたします。
それでは、私のブログに入らせていただきます。
まずはブログをまわしてくれたアキノスケの紹介をしたいと思います。
僕の記憶が正しければ、彼と仲良くなったのは、1回生のフレッシュマンズキャンプでした。
アキと秀紀と岡ちゃんと部屋で色々なお話しをした記憶がかすかにあり、入部式4日前に同期で1番遅く入部した僕は、正直あんまりまだ1回生チームに馴染めていないと思っていましたが、ここで話せる人ができてとても嬉しかったです。
その後、同期として4年間同じ部活動に所属するわけですが、僕のアキノスケのイメージは完全に「オラオラオラオラ!」
ロングでオフェンスを叩きのめしたりタックルで相手を粉砕する姿は、まさに漢を体現したような人間です。
3回生の時に怪我でラクロスができなくなってしまったときはほんとに悔しかっただろうし、僕もアキノスケの漢な姿がフィールドで見れないのはとても寂しかったです。
でも、彼は努力の末にチームに戻ってきて、4回生としてディフェンスで活躍する姿を見ることができて本当に嬉しかった。
ラストブログの僕の紹介で、名前の漢字を間違えていたことは衝撃ですが、また、会をひらきましょう。
アキの紹介はここまでにして本題に入らせていただきます。
皆さんの前田知輝という人間のイメージは何でしょうか。
珍しい男のスタッフ?
トレーナー?
グルトレの人?
写真撮る人?
うっとうしい人?
ギャーギャーうるさい人?
何もしてへん人?
何考えてるかよくわからん人?
…
この4年間で、本当にたくさんの方と関わらせていただいたし、色々なことをさせてもらいました。
この4年間どういう想いでこの部活と関わってきたのかを、このブログでは綴りたいと思います。
このブログを読んでちょっとでも背中押される人がいたら嬉しいし、こんな先輩にならんとこ!って思う人がいるのもそれはそれで、その人の成長に繋がればいいなと思います。
自分中心の自分語りブログ、さらに書いたいこと全部書いてめちゃくちゃ長いので、読む人は注意してください。
それでは始めます。
多くの人が知ってくれていると思いますが、僕は高校でアメリカンフットボール部のスタッフをしていました。
同期は40人ほどで、その中でスタッフは3人。
テニス部に所属しテニスをプレーしていた中学生までとは全く違う環境に飛び込んでいった。
約1年前の幹部ブログで詳しく書いたので、ここでは割愛させていただきますが、プレーする側ではなく、仲間を支えたいという想いでスタッフとして入部した。
中学生までとは全く違う環境で、本当に大変でしんどい場面も多くあったが、今までとは比べ物にならないほど充実した高校生活を過ごしていた。
そして、負けたら引退となるトーナメントが始まった高校3年生の引退までの約3ヶ月。
この3ヶ月間は人生で1番楽しかった、ということができると長らく思っていました。
絶対負けるとまで言われて引退覚悟して試合に臨んでいた大阪産業大学戦に勝ち、
大阪産業大学より間違いなく強い、絶対引退やと周りが言っていた箕面自由学園戦に勝利した。
わかる人はほとんどいないと思いますが、みのじ戦での最後のプレーで相手をとめた瞬間は今だに鮮明に記憶に残っている。
次勝てばクリスマスボウルや日本一いけるぞ!
そう、本気で思いだして、毎日の部活も本当に楽しくて、だが、クリボにはいけず次の試合であっさりと負けてしまう。
本当に悔しかった。
何より自分が何かチームに残せたのか、勝利に貢献がほんとうにできていたのか、
胸張って貢献できていたと言える自分はどこにもいなくて、あ、もうこれでこのチームは終わりなんだと当時は凄まじい喪失感しかなかった。
そして、大学に入学
あの忘れられない高校での経験を大学でも絶対したいとスタッフをすることは最初から決めていた。
そして、純基や村尾に誘ってもらい、このラクロス部と出会った。
なぜラクロス部に入部したのかは、同じく幹部ブログに書いたので、割愛しますが、この部活で絶対日本一獲ってやる、と熱い想いで入部を決めました。
1回生
とにかく楽しく充実していて一瞬だった。
1回生で平日練に一回も参加できないほど、授業が毎日1限や2限からあり、課題も多く、
授業、課題、部活、バイトと自分の中では1番忙しい1年で本当に一瞬でサマー、京都カップ、ウィンターと時が流れていった。
基本的に土日と夏休み期間しか練習には参加できていなかったが、同期とずっと一緒に練習していて、とにかく頑張る同期の皆が好きだったし、そんな奴らのために一緒に頑張りたいと思っていた。
でも、スタッフとしてはというと、高校の頃とは違うやり方や仕事も多く、育成の先輩から色々と指摘をいただく度に、確かにそうやった、あの自分の動きは悪かった、と自分はまだまだ無力だなと感じる日々でした。
そして3冠を獲ってあかつきカップでも優勝できて4冠できた代となりましたが、僕の心に残っているのは、楽しかった、1年間はやかったとこの2つばかりです。
ただただ何も考えずラクロス部の1回生チームというものに打ち込めていたのだと思います。
2回生
上回生と混ざった練習に入るわけですが、この2回生の時の流れも一瞬でした。
くぐりさんの人柄や、チームや後輩に対する接し方がとても好きで、ついていきたい応援したいと心の底から思っていました。
でも僕は、留学に行かせていただきシーズン後半には全く関与できていなかった。
この代のファイナル3を夜中2時にライブ配信で応援し、負けて引退してしまう姿を見て自分がこのチームに対して何もできていないなと2回生の自分を振り返って感じた。
いや、何かチームに影響を与えようともしてなかったじゃないかと
チームの一員としてすごく自分勝手だし、留学に行かせてくれた先輩方にも申し訳ないと
3回生
そしてむかえた「All in」世代。
この1年が自分の部活に対する意識や行動を変えた大きな年となった。
まず大きく心動いたのが、キックオフミーティング
All in というスローガンと、フオンさんの誰も取り残さないというスピーチ、スタッフも有沙さんと詩織さんが「All Star」というスローガンで皆が輝ける組織にしたいという想いを聞いて、これは、本気で日本一を目指せる、そして楽しそうな1年になりそうだと心が躍っていた。
実際にチームが始まっても、4回生のスタッフの方々は、僕たち後輩に色々なことを任せてくださった。
審判をはじめとして、今までマネージャーが担っていた役割をトレーナーも任せてもらい、また、トレーナー組織でも後輩の意見も何でも聞いてくださり取り入れてくださり、「チームの勝利のためにどう貢献するか」をより自分から考えるようになった。
何より頼りにしてくれることが本当に嬉しかったし、この先輩方のためにもっと貢献したいという思いがどんどん強くなっていった。
僕自身もアップやらダウンやらグルトレやら色々なことをさせていただき、詩織さんからは「仕事させすぎてない?大丈夫?」と心配の言葉さえかけていただいたこともあったが、僕の中では自分ならこれくらいやって当たり前、もっとチームに貢献したいと何をおっしゃいますかと伝えさせていただいた。
有沙さんや詩織さんから、面談やベンチに入れてくださることを通じて、期待してくださっているということは感じていて、アップやグルトレ、しんどいことは沢山あったけど、そんな期待に応えようと必死だったし、楽しかった。
チームはというと、春シーズンには成績がふるわなかったが、開幕戦を劇的勝利し、リーグ戦1位通過でファイナルに進めることとなった。
きたきたきた!この1年しんどい中でも選手やスタッフ関係なく努力してきたことが報われてるぞ、そう気分もとても昂っていた。
開幕戦だけではなく、ファイナルもベンチに入れてくださり、他の皆の分も絶対に勝って関西制覇してやると意気込んで当日をむかえるが、
結果は神戸大学に2点差で敗北。
本当に悔しい。次に繋げれず申し訳ない。
何がチームに足りなかったんだろう。
その「何か」は自分の頭の中に無限にでてきた。
自分が最上回生になる次の年で、絶対それらを潰して関西制覇、日本一までいってやる。
そう決意して、4回生としてのチームが始まる。
4回生
疲れ切った1年だった。
最上回生として、スタッフリーダーとして、幹部として、フィジカル班として、本当にたくさんのことを考えなければならなかった。
背負いすぎていたのかもしれない。
スタッフリーダーに選んでいただいたし、
フィジカル班として皆に色々言う立場だし、
自分が1番やらないと、姿で見せないと、
1人でそんなプレッシャーを勝手に感じていた。
特に、チームビルディングに関わることは大変だった。
幹部や4回生がしていることは裏目にでて、後輩がついてきていないのは、わかっていた。
幹部ミで、もっと練習で、ミスに干渉する厳しい声とか緊張感もった練習しないとあかんやろ、と言ったことがある。
でも、幹部のある男が、「それはファイターズイズムすぎるかもな、このチームにおいては合っていないと思う」と言った。
間違いない、と思った。
結局、自分が高校アメフトでかっこいいと思ったチーム像を押し付けようとしているだけだ。
急にそんなチームを押し付けられる後輩のことを何も考えていない、と自分の甘さに気付いた。
さて、リーグ戦が始まり、どんどん負けられない試合が続き、勝ちも負けもチームは経験した。
開幕戦に敗北したときからチームは常に不安の中にあり、次負ければ引退という試合を何試合も戦ってきた。
僕自身、先程は疲れ切ったなどとは書いていたが、1つ1つの試合の1つのショット、1つのグラボ、1つのセーブ、1つのチェックダウンに興奮し、ベンチでもスタンドでも1回1回ナイスだの最高だの叫んでいた。
試合は常に一瞬で、本当に熱狂している自分がいた。
誰も知らないと思いますが、試合終わってから試合のビデオがあがるとすぐに試合を何度も見返して楽しむという、チームの追っかけのファンみたいなことをしていました。
1つ1つの試合が忘れられない経験だ。
だが、練習に関してはというと、なんだこのチームは、と気分が下がることも多かった。
次負ければ引退という中で、どうやったらそんなことができるんだという行動も何度も見たし、
本当に勝とうとしてるのかな、勝つ気あるのかな、日本一獲ろうって思ってるのかな、
と幾度となくも思った。
これまで、そう思ったり、つらいしんどいと感じたりすることが何度もあった。
幹部の一部が他責思考だった時、
ATリーダーが3日たっても返信を返さなかった時、
AチームのDFがミーティング忙しいという理由でグルトレに全然参加しなくなった時、
(たぐーやミロは毎週参加してるのに)
B DFコーチがニシイナで66のときずっと後ろの椅子に座って関係ない話をし続けていた時、
BCチームが練習のアップでふざけていた時、
Cチームの試合で選手が暴言しか吐いていなかった時、
K山が捕食絶対に持ってこない時、
そして何より、、、、、
自分がそれに対して、何もできていなかった時
結局そう。嫌なことを人のせいにしているだけにすぎない。
もちろん変えようとしたこともあるが、変えることはできていなかった。
わかっているのに、何なんあいつ、で終わらせてしまうから、チームは何も変わらないし、結局そういう小さいことの積み重ねでチームは弱くなっていく。
結局、自分のしたことは自分に返ってくる。
自分が手を抜いたこと、自分が避けてきたこと、
それはその後、自分のプレーに影響がでたり、選手生命に影響がでたり、自分の成し遂げたかったことができなくなってしまったりと
自分の後悔となって返ってくる。
試合で負けたあとに選手がこんなことを言っているのを聞いたことがある。
「負けたのは、俺のせいや」
全くもってその通りだと思う。
オフェンスがあそこで1点決めれていれば、
ディフェンスが相手のボールを落とせていれば、
ゴーリーが1つでもシュートをとめられていれば、
フェイスオフが1つでもフェイスに勝っていれば、
結果は変わっていたかもしれない。
スタッフも同じ。
負けた後に「勝てなくてごめんな」と謝ってくれる選手がいるが、
なんで謝る?選手の負けはスタッフの負けだろう
そう思っていた。
スポーツというものはとても残酷な世界だと思う。
4年間努力してきたことがたった15分×4Qでその結果を出さないといけない。
勝敗には、おそらく多くの要因がある。
1つ1つのプレー、戦術、当日の調子、気合い、雰囲気、グラウンドの状況、運、、、、
負けた後、何で負けたのかその原因を色々と考えるだろう。
もちろん次に繋げる上で、避けてはいけないとても大切なものだ。
でも、チームにおいて、部活動において、大切なのは、起こった物事をいかに自分ごととして捉えられるかだと思う。
試合によっては、出場せずずっとベンチにいるという選手もいるだろう。
その人はフィールドでただ見てるだけ?
ベンチ外のプレーヤーやスタッフは試合の勝敗に全く関係ない?
チームの流れを作るのは、雰囲気を作るのはその人たちかもしれない。
Aチームやから、Bチームには関係ない?
Bチームやから、コーチやから、Aチームには関係ない?
こんなに大きな組織の中、1人や2人で動かすのは難しい。
1人1人が、チームのことを自分ごとだと捉えられれば、チームが変わっていくと思う。
「自分は関係ない」と思わないでほしい。
ラクロス部というチームに所属して、「関係ないこと」なんて絶対にない。
特にBチームやCチームは、モチベーションが保ちづらい部分もあると思います。
自分はどうせ無理だ、Aチームなんて今の自分には関係ない
どうかそう思わず、諦めずアグレッシブに取り組んでほしい。
その挑戦か逃げかは、1年後、2年後の自分の人生を大きく左右するものだと思います。
この4年間、スタッフとしてキーキーキャーキャー言わせてもらいました。
練習では、移動早くだのアップちゃんとしろだの捕食持ってこいだのラントレしろだの
練習外でも、筋トレ数値足りてない人はエキストラでトレセン来いだの
恨んでいる人も多くいると思います。
でも、それは嫌がらせがしたいんじゃなくて、そうすれば日本一になれると信じていたから
文句言うも悪口言うも結構、そんなことで皆が強くなれるんならと、
休日でもトレセンを開けに学校まで行ったし、オフにそのためのトレーナー講習会も受けに行った。
3オフでも練習後でも、写真とか撮ってあげたいなあと1回生のサマーに行ったし(予定なくて暇だったからだけど)
とにかく、行動で魅せたかった。
自分にはそれしかないと思ってたから。
もちろん、1回のトレセンでのトレーニングをしたからって日本一になれるなんて思っていない。
でも、それを疎かにする人は日本一になんてなれるわけがないと思っていた。
勝ちたい勝ちたい勝ちたい
勝つために勝つために勝つために
と自分は勝ちだけにこだわって行動していると自分で思っていたが、
自分が本当に求めていたのは、「勝つチーム」じゃなくて、「勝ちにふさわしいチーム」なのかもしれない。
勝敗よりも、
練習や壁、筋トレなど普段の努力をしっかり頑張るチーム、挨拶ができるチーム、暴言ばかり吐かないチーム、1人1人がチームのことを自分ごととして捉えられているチーム
自分が色々と辛かったのは、こういうチームを求めていたが、それをできていなかったからかもしれない。
部活に参加する理由は人それぞれだと思う。
ただ勝ちたい人、日本一になりたい人、いいチームにしたい人、仲間と高め合う日常を過ごしたい人、
どんな理由や想いがあろうとも、そこからブレないでほしい。
自分が本当に部活を通してやりたいことを忘れずに、部活に取り組む、
それが部活動というものの醍醐味だと、僕は思います。
今年のチームは関西3位で負けてしまったから、この1年間行ってきた、筋トレや捕食やランなどの努力は全部無駄だった?
まだ、2025シーズンは1,2,3回生、君たちがいるじゃないか
過去におこなったことはもう変えられない。
時間は戻ってこない。
今年のあれはダメだったからもう忘れよう、
筋トレも意味ないやんもうやめよう、
とするんじゃなくて、
じゃあどういう制度にすればチームは強くなれるのか、
筋トレの数値上がったことをどうにかしてもっと強くなるために使えないか、
と今後に繋げていけるのは、後輩たちだけ
是非この代を踏み台にして、さらに強くなってほしい。
皆が日本一を獲ることを信じています。
幹部ブログにも書きましたが、僕はラクロスにはそこまで興味ありません!
ラクロスをする仲間を応援したい、支えたいという想いでここまで部活を続けてきました。
それは仲間が誰でも良かったわけじゃなくて、
ATが朋幸だったから、ニシケンだったから、碇だったから、
MFが純基だったから、佳宏だったから、匠だったから、岡ちゃんだったから
DFが海志だったから、将太郎だったから、アキだったから、隼佑だったから、パチオだったから、翔一だったから、
Gがたぐーだったから、
FOが有馬だったから、大悟だったから
ASが京太郎だったから
同期スタッフが実咲、百合、綾菜、友菜、郁子、村尾、藤原だったから
もちろん後輩がミロ、しゅうへい、しゅんすけ、のぞむ、ありー、まさむ、しょーご、みっちー、はるき、おみ、おっくん、あつき、かなや、さすけ、だったから、
一緒に戦ってくれた後輩スタッフが、寿珠花、雛乃、こころ、ひなた、さくら、沙希香、亜希子、萌、茜、陽奈利、華子、愛葉、美心、咲花だったから
普段の彼らの努力や背景を知っていたから、想いを知っていたから、ここまで応援できたし、彼らのために行動したいと心の底から思っていた。
皆のおかげで楽しかった。
ここまで熱狂させてくれて本当にありがとう。
長くなりすぎてしまいましたが、最後に感謝の思いを伝えたいと思います。
同期や後輩に感謝を伝えるコーナーは、
、、、
ここから130人に書いているとブログの回線が重くなりそうなので、ここでは書きません。
気になる方がもしいれば直接聞きに来てください。
まず、玉置さんと小林さんには、チームを代表して感謝を伝えさせてもらわなければなりません。
今年のチームは、お2人のご協力なしではここまで辿り着けませんでした。
毎日のグルトレだけではなく、三田に来ていただいてのラントレの指導や怪我人に対する対応まで、本当にたくさんのことをお世話になりました。グルトレの急な変更も多く、トレセンで問題を起こすなど、ご迷惑をおかけして申し訳ありません。本来なら日本一という形でお2人にお返ししなければならなかったのですが、叶わず本当に悔しいです。
ただ、これからも男子ラクロス部は日本一に向けて全力で戦い続けるので、今後ともよろしくお願いいたします。
この1年間本当にありがとうございました。
そして、最後に自分の両親に感謝を伝えさせてください。
テニスをやめて、スタッフをすると伝えたとき、全く変わらず応援してくれました。
幼稚園や小学校から、塾や水泳、テニスと沢山のことをさせてもらっていた僕ですが、送り迎えやお弁当、常に支えてくれていて、部活動だけではなく学校や留学、2人の支えでここまで続けることができました。正直、部活動のことは家でほとんど話さなかったので、部活のことやチームメイトのことはほとんど知らなかったと思います。でも開幕戦やファイナルの大きな舞台には観に来てくれ、応援してくれていました。本当に感謝してもしきれません。
これからはこちらが支えられるようにがむしゃらに全力で頑張って恩返しがしたいと思っています。今まで本当にありがとうございます。
最後にブログをまわすのは、もちろんこの男
我らが主将、吉田純基です!
彼と初めて出会ったのは、高校1年生のクラスでした。
中学部からの内部進学であった僕は、高校から入学してきた新しい仲間との出会いにワクワクしながら、1年F組の教室に入りました。
ところが、隣の席にいたのが、スキンヘッドのこの男。
しかも、入学式前から参加してたらしいバスケ部の友人と教室でギャーギャー騒いでいました。
外部から来た人は新しい学校に1人で緊張してるんかな、と勝手に思っていた僕は、「関学高等部ってこんなヤンキーも入れるんや、、、、」とビビっていました。
(ちなみに純基の3つ前の席にはかつての村尾もいました)
ですが、話してみると普通、、、、、、、ではなかったですが、優しい奴だということがわかりました。
高校1年以降は同じクラスになることはなく、ラクロス部で久しぶりの再開となりました。
ラクロス部での彼は、噂でも聞いていたような高校のバスケ部での彼のように、真面目、、、、、、、ではなかった時も多くありましたが、ラクロスとチームのこと誰よりも熱く考えている奴で、1回生から学年リーダーも担ってくれ、2025年度は主将としてチームを率いてくれました。
豪快な彼のショットがゴールネットを揺らした時には、サイドやスタンド関わらず何度も僕をジャンプさせてくれました。
ゴールパフォーマンスの叫びもバチイケです。
今までほんとにありがとう!
最後に、豪快にかましてくれ!!!








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