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信じることの難しさと尊さ-4回生 G#15 田口寛人-

平素よりお世話になっております。


まず初めに日頃より多大なるご支援並びにご声援を賜っておりますOBGの皆様、保護者の皆様、関学ラクロス部に携わってくださるすべての皆様に、心より御礼申し上げます。



4年生 G 田口寛人と申します。

引退して1発目のブログになります。


ついにラストブログを書く時が来てしまいました。 感慨深い。


一回生の時から、100人以上の先輩方のラストブログを読んできました。その度に、心が熱くなり、「自分はこのブログを書く時、どんな選手になってるだろう」ってワクワクしたり、「こんな文章書いてみたいな」とか想像したりしてました。

ただ、いざ書くとなったら難しいもんで、書きたいことはたくさんあるけど上手くまとめることができません。


自分は格別文章を書くのが上手くないから、他のみんなみたいに、読んでる人の心に刺さるような文章を書くことはできないと思います。長ったるいブログになるかもしれませんが、お時間のある人は最後まで読んでいただけると幸いです。





まずはじめに、このブログを回してくれた甚田君について紹介します。

彼について一言で言うと、おもしれー男です。

チームで1、2を争う面白さから、いつもみんなにいじられ、輪の中心にいます。

そのコミュ力からなのか、超ハイスペックの可愛い彼女がいます。羨ましいです。

そんな彼ですが、半年ほど前から、僕のGアップを担当してくれることになりました。いつもありがとう、あおと。そろそろ烈火連れてってね。


彼の紹介はここまでにして、本題に移らせていただきます。




4年間の振り返り、の前に少し過去に遡って中学2年生の冬。


当時、啓明中学のテニス部に所属していた僕は、全く部活に行かず、遊び呆けていた。


そんな僕を見た

藤田、たいき、うおき等のアメフト部員達が、「アメフト部入ろや!」って誘ってくれた。


覚えてないと思うけど、たいきに「たぐーが来てくれたら日本一取れるわ」って言われたこと。今でも覚えてるぐらい、すごく嬉しかった。


二つ返事で入部を決めた。2018年の3月20日

あの日から僕の人生は大きく変わった。


本気で日本一を目指す集団にはじめて所属した。

練習は死ぬほどキツかった。当時、主将だった碇武はめちゃくちゃ怖かったし、チーム全体でミスしたら殺されるみたいな雰囲気が毎日漂ってた。


死ぬ気で一年頑張った結果、チームは創部初の日本一を達成した。


めちゃくちゃ嬉しかった。この上ないほどに。


それ以降、僕は「日本一」に取り憑かれた。

あの感覚をもう一度味わいたい、あの瞬間の為なら何だって乗り越えられる。そんな感覚だった。


高校でもアメフトは続けた。が、日本一は取れなかった。試合には何とか出ていたが、アメフトには限界を感じていた。


大学では、fightersに入って、また本気で日本一を目指す道もあったが、そんな時に、ラクロス部という存在を知った。


全員が大学から始めるスポーツで、日本一を目指せる環境。


この言葉だけで魅力的に感じた。


碇武と有馬と3人で三田に体験入部に行って、その日のうちに入部を決めた。



一回生

新しい仲間と、関西無敗、三冠を目標に掲げた。結果は、全部合わせると多分50勝2敗ぐらい。三冠どころか四冠達成して、日本一にもなれた。本当にびっくりするぐらい強かった。負ける気がしなくて、毎日がめちゃくちゃ楽しかったのを覚えている。

自分自身も、穴見と2人で、切磋琢磨しながら日々上手くなっていったの実感していた。


ウィンター準決勝の同志社戦とか、あかつき決勝の東大戦とかは、自分のおかげで勝てたって胸張って言えるぐらい、当時は自分の実力に自信があった。

ベスト10も取れた。あかつきでは、名古屋大学のGには勝てないって思ったけど、この時点では、同期のGの中で、全国で2番目に上手いのは俺やって思えるほどの自信があった。



二回生

後悔しか残らない一年だった。

ずっとBチームでラクロスから逃げ続けてきた一年。穴見と2人で、どうやったら練習をサボれるかってことだけを考えていた。こなすだけの練習をして、自主練は全くしない。

当然、同期との差も広がっていく。

Bチームで練習してるのに、Bリーグは上から先輩たちが降りてきて、結局出られない。

当時は、Cチームがまだ無かったから、この一年は本当に片手で収まるぐらいしか試合に出場しなかった。

正直腐っていた。上手くなる為じゃなくて、みんなと話す為だけに練習に行っていた。


そんな腐っていた自分にも転機が訪れた。

Bリーグ全学準決勝。相手は慶應。

もちろん、僕は試合に出ることはなかった。


結果は1-4で敗北。特に DFは大健闘していた。翔一やたいき、海志は気づかない内にめちゃくちゃ上手くなっていた。

サイドライトであの慶應相手に奮闘する同期を見て「自分はこの一年何をしてたんだ?」と思った。すごい悔しかった。


その帰り、東京に住んでいた姉の家の風呂に浸かりながら、この一年を振り返っていると、気づいたら泣いていた。


帰りの新幹線の中、もう一度本気でラクロスに向き合おうと決心した。苦い思い出しかなかったけど、この東京遠征で一つ大きなきっかけを得て、二回生シーズンが終わった。



三回生

悔しい思いを胸に、とりあえずオフシーズンまで本気でラクロスに取り組むことにした。

毎日壁、毎日シャード。一年生の頃当たり前にやっていたことを再開した。


2023年の11月12日の三田での練習。

大悟さんがインターンで練習を欠席したことから、Aチームで練習する機会を得た。

ここがチャンスや、って思って死ぬ気で頑張った。

結果は、すごく良かった。今でもその日の練習動画をたまに見返すぐらい、自分のラクロス人生の転換点になる1日だった。その日から、狗さんにAチームで使ってもらえるようになった。

本気で取り組むだけで、こんなにも変わるんかって嬉しくなって、またラクロスが楽しくなった。

毎日のように壁に行き、動画見て、研究していた。その時は練習が本当に楽しかった。



でも、それから3ヶ月ぐらい経ち、Aチームにいることが当たり前になってきた頃、自分の悪い癖が出た。


今の立ち位置に満足したのか、慢心したのか、これまで続けていた努力を次第に辞めるようになってきた。


今思えば、ここで継続していた壁とシャードを辞めてしまったこと、これが4年間でいちばんの後悔です。


途端に自分の成長が止まった。練習試合で使ってもらっても失点ばかりする。貢献度の累計は-10とかになっていた。


苦い思いを繰り返して、取り返しのつかないとこらへんまで来た時に、ようやく焦り始めた。


自分の環境を大きく変えなければ行けない、そう思い、両親に頼み込み、一人暮らしを始めた。


壁のすぐそばで、駅前のいい家に住ませてもらった。環境を変えて、またそこで頑張ろうって思った。


ちょうどその頃、Bコーチの千葉さんにBリーグに出ないかと誘って頂いた。


試合経験の少ない自分にとって、Bリーグの舞台は本当に貴重だった。


BチームはOD共に本当に強くて、毎試合がすごく楽しかった。自分自身もいい状態で試合に臨めて、終わってみれば、創部史上最高位の全学準優勝にまで勝ち進めた。


個人の成績も、セーブ率が4試合で28/37で76%と、すごく自信に繋がるような期間を過ごすことができた。


自信がついて、またラクロスが楽しくなった。

実は誰もフォローしてないラクロス垢があるんだけど、今見返すと、そこにこの時期の壁やシャードの動画をたくさん投稿していた。

毎日バカみたいに、家の前の壁行ってシャドーしてた。でもそれが本当に楽しかった。


Bリーグで自信を得て、ラストイヤーに向けて、大きな期待を持って、3回生シーズンは終了した。





四回生

1番苦しくて長い1年やったと思う。

新シーズンが始まってすぐのコーチ決めミーティング。この期間は忘れることができない


一回生の時のように、全員で日本一を目指すことができないと言う状況を、わかっていたけれど、いざ突きつけられるとあまりにも残酷で辛かった。


自分は、選手として残してもらい、 DFリーダーの海志から、すごく期待していると声をかけてもらった。


3年ラクロスやってきて、ラクロスは、Gゲーなんじゃないかなって思うところがたまにあるぐらい、Gは大事なポジションだと思う。


だから、周りの人も「今年の関学のGはどうなんだろう」って注目して、期待してたと思う。

関学はなんだかんだ毎年Gが強くて、だからチームが強いってところもあったから。


当時は、その期待に応える自信があったけれど、次第にその期待は自分を苦しめる重圧になっていった。


4回生シーズン初めての遠征となったつま恋。

関東相手にどれだけ戦えるかをテーマに向かったつま恋は、準決勝で東京大学に大敗した。


あかつきの時は勝てていた相手に、圧倒されて、関東との差を見せつけられてしまう形になってしまった。


その後の練習試合では、関西の大学相手にもなかなか勝てない。


ほんまに俺ら大丈夫か?って不安を感じ始めた。


そして迎えたトップリーグ初戦京都大学。


負けた。しかも、 DFいや、自分のせいで。


止めれるシュートを決められた。何回も通される中パスを試合中に修正できなかった。


ここらへんから、去年築き上げてきたはずの自信が無くなって行き始めた。


4月ぐらい、就活が終わって、やっとラクロスに専念できるようになった。


自信は無くしつつあったけど、就活のプレッシャーが消えたおかげか、4月からスーパーカップぐらいまでは、個人的にもすごくいい状態だった。


大経に勝って、近大に勝って、スーパーカップは優勝して。


4回生の1年間で一番楽しい時期だった。

チームの状態も良かったと思うし、このまま勢い乗ってリーグ戦全勝してやるぞって、そう意気込んでいた。


そして迎えたリーグ開幕戦。同志社


ヤンマーっていうすごい舞台で900人もの人が集まってくれた試合で負けた。


正直、絶対勝てると思ってたから言葉が出なかった。


そこから、本当に負けたら終わりのリーグ戦が始まっていった。


試合に出るのが怖くなってきた。これまでは俺が止めてやる、俺が勝たせてやる。そう意気込んで試合に臨んでいたのに、決められたらどうしよう。これ止めなきゃ負けてまう。

そんなネガティブなことばかり考えるようになった。


マイナスな気持ちはプレーにも表れ始めた。練習でもボコボコ決められて、自信無くして、試合憂鬱になって、試合でも活躍できなくて。

そんな悪循環を繰り返し続けていたリーグ戦だった。

1試合たりとも、楽しんでプレーすることなんてできなかった。


他大学の試合見て、関学のGが俺じゃなくて、朝光とか、川瀬君とかゆうあとかやったら、もっと関学は強かったんやろなぁとか、そんな考えんくてもいいことばかり考えて、夜もなかなか眠れない。

スカの動画は、見れば見るほど他大学のシューターが怖くなって、止めれるビジョンが見えなくなってしまう。


もっとメンタル強かったらな。一回生の頃みたいにもっと自信持って、堂々とプレーしてたら結果は変わってたのかな。

引退した今になってすごい後悔している。

楽しくて仕方ないはずのリーグ戦は何も楽しくなかった。何のために4年間、辛い思いして、早起きして、毎日何十回もショット当てられて痛い思いしてきたんやろ。

俺はこんな思いをするために4年間ラクロスやってきてたのか、最後のリーグ戦はこんな感じで終わっていくのか。


ずっと毎日、そんなこと考えながらベッドに入っていた。こういう悩みを、誰かに相談してたらもっと楽になれたんかなとも思う。


たまにみんなに弱音を吐いた時も、みんなは、たぐーはうまいねんからとか、お前は十分すごいぞって励ましてくれたけど、やっぱりこんな自分にまだ期待してくれてるところが嬉しい反面、その期待に十分に応えられていない自分に腹が立って、嫌になったりもした。



みんなが必死に繋いでくれたおかげでなんとか駒を進めることができたfinal3の舞台でも、ダメだった。


最後まで自分を信じることができず、みんなに迷惑をかけた。


引退が決まる最後の瞬間、自分はフィールドではなく、サイドラインに立っていた。


本当に惨めでやりきれない。負けても絶対泣かへんぞって決めてたのに、泣いてしまった。

不甲斐なさから、同期の顔が見れなかった。


負けたら後悔残ることなんか当たり前のことだし、日本一にならない限り、笑って引退することなんかできない。


でも、自分には後悔が多すぎた。最後までやりきれず消化不良に終わってしまったfinal3のことは、多分一生後悔することになるし、死ぬまで忘れることはできないと思う。


この1年間は、自分に自信ついては無くなって、本当にちょっと上がって、その後は下がり続けていく底なしのジェットコースターのような一年だった。

正直にいうと何も楽しくなった。ラストイヤーを楽しむことができなかったのは、紛れもなく最後まで自分のことを信じてやれなかったからだと思う。

後輩たちには絶対にこんな思いはしてほしくない。

だからこそ、自分のこの文章を読んで、参考になることがあればいいなと思う。

特にメンタルが弱い人。自分みたいにならへんように、自分を信じてやること、周りに相談すること。こーゆうことはちゃんとやった方がいい。


今引退決まって文章書いてるけど、後悔とか、そんな言葉では言い表せないぐらい辛いし、しんどい。こんな思いはもう他の誰にもしてほしくない。




悲しいことばっかりダラダラ書いて、気分悪くなってる人いたらすいません。ここからは、お世話になった人に感謝述べて行きます。




同期へ

癖が強い奴が多くて、本当に楽しかった。

みんなと出会えたこと、あかつき勝って日本一なれたこと、学年飲みで暴れまくったこと、全ての思い出が最高でした。ラクロス部に入って良かった。みんなと出会えて本当に良かった。

これからもたくさん思い出作っていこう。社会人なっても仲良くして下さい。


後輩へ

ほんといい後輩に恵まれたと思う。嫌な奴が1人もいなくて、全員可愛いくて面白い最高の後輩たちでした。

大会委員で仲良くなれた晴太郎、引退後に泣きながら抱きついてきてくれたしゅんすけ、一緒に甲子園行ったしんじ、最後までだる絡みしてくれへんかった周平、当時はほぼ話したこともなかったのに面談指名してくれた萌ちゃん、じん、お喋り猫背のたいが、クリライ中しょうもないボケしかしてこない土居ちゃん、などなど

本当に個性的で面白い奴らばっかでした。みんな大好きです。またご飯いきましょう、いつでも誘ってね。



BCチームのみんなへ

誰ってわけじゃないけど、個人的に感謝を書きたい。立命負けた後の合宿で、僕がBチームに降格した時、暖かく迎えてくれたみんな。イジってくれたり、セーブしたらめちゃくちゃ褒めてくれたり、あの時腐りかけてた自分を救ってくれたのは紛れもなくBCチームのみんなです。本当にありがとう。最終日にAチームとメッジした時、負けたけど2-3と奮闘できたこと、みんなと戦えたことは大切な思い出です。

Cチームは、全員腐ってるとか、ラクロス下手くそとか色々言われてるけど、実際入ってみたらそんなこと一切なかったし、何なら去年よりも結果残して全学出場決めてるし、ほんまにすごいと思う。来年この中から、何人試合に絡んでいくのか、すごい楽しみにしてます。

本当に合宿期間はありがとう。Bリーグ頑張れ。超応援してます。



staffのみんなへ

誰よりも早く練習来て、最後まで残ってミーティングして、暑い中ビデオ撮ったりボール拾ってくれたり、いつも本当にありがとうございました。

選手から色々文句言われて腹立つこともあるかもしれへんけど、それは優しいスタッフに甘えてるだけです。見捨ててやらないでください。

来年はしっかり者で、芯の強い人がたくさんいると思ってるので、自分達が正しいと思うことをやり切って欲しいです。スタッフ陣から平尾主将を助けてあげて、強い関学組織を作って下さい。応援してます。




穴見へ


もう出会って10年目か。家が近かったってだけでよく一緒に帰ってた中学時代には、今同じ部活の同じポジションで頑張ってるとは想像も付かなかったと思う。


1回生、2回生の時は2人でずっとどうやったら楽できるかだけ考えて練習してたな笑。それでも、2人でゴール守り抜いて関西制覇したし、日本一にもなれた。あの頃が1番楽しかった。


久しぶりに2人で戦った3回生のBリーグも、関西制覇して、全学準優勝まで行けた。サイドラインに穴見がいるとやりやすかった。ベンチに帰った時、かけてくれる言葉全てが嬉しかった。最高のバディだった。


4回生になって、また2人で頑張って行きたいって思ってた矢先に、穴見が病気に罹ってラクロスができなくなってしまった。穴見もめっちゃ悔しい思いをしたと思う。

お前の病気のことを理解できずに、酷いことを言ってしまったこともあった。本当に申し訳ない。


ラストイヤーもまた「2人でゴール守って日本一を獲りたい」って目標は叶えられなかったけど、誰がなんと言おうと、穴見は俺の最高の相棒です。4年間、いや10年間本当にありがとう。社会人なっても仲良くしてね。




他のゴーリー達へ


まさむ、ブラザーらしいことしてやれなくてごめんね。今年1年は、公式戦もあんまり出れないのにずっとAチームで、大変やったと思う。去年の俺もそうやった。でも、今年1年のAチームの経験はほんまに来年以降生きてくる。キツくなってもめげずに頑張って欲しい。

あと、final3の活躍は正直心が熱くなった。来年は任せました。


なるせ、つま恋の時のなるせをみんな知ってるから、正直みんななるせに期待してると思うし、その期待から、来年キツくなる時は絶対来ると思う。

俺みたいに周りからの期待に応えられなくても1人で抱え込まずに、まさむ、たいがとかと上手く支え合って乗り越えて欲しい。

腐らずに頑張れよ!



たいが、壁楽しかったな。今年1番仲良くなった後輩やわ。いつのまにか恒例になってた毎週金曜の壁は、最低2時間、長い時は4時間ぐらい、壁しながらしょーもない話したり、ラクロスの真剣な話したり、ご飯行ったり。1週間の楽しみやった。ありがとう。

意外と自己評価低めやけど、もっと自信持っていいぐらい上手いで君は。いつか代表選ばれてお父さん超えて欲しいな笑

後クロス編んでくれたり、貸してくれたりいつもありがとうね。たいがおらんかったら今年は詰んでた笑

毎週壁は引退しても終わらしたくないからまた誘って下さい。



へいしん、病気明けで久々にへいしんのプレー見たけどちゃんと上手くなってるから自信持って。

同期と下に上手いGがいて、しんどい思いする時がいつか来るかもしれへんけど、その時が勝負やと思う。まだ後2年あるんやし、G初めてまだ1年しか経ってないから余裕で捲れる。頑張ってね。体には気をつけて



こうのすけ、5月ぐらいの名城戦見た後に、俺に憧れてGやりたいって言うてくれたって話聞いた時はほんまに嬉しかった。ありがとう。

Aチームのシュー練に笑顔で何時間も入ってるお前は正直変態やと思うけど、今の努力をずっと継続して続けたら日本代表なれるレベルやって本気で思ってる。今の実力はダントツで世代トップやと思うけど、来年以降ほんまに大事やから、慢心せずに、今やってることを最後まで続けて欲しい。いつか代表選ばれる日を楽しみにしてる。とりあえずウィンター頑張れ。


かける、同期に上手いやつおって心折れそうになる日もあるかもしれへんけど、かけるもちゃんと上手いし、まだラクロスはじめて半年の差なんかすぐ埋まるからここで折れずに頑張って欲しい。毎日シャードとかやってるって聞いて感動した。継続することってほんま大事やから。それとfinal3の後、泣いてくれてありがとうね。いつでもサポートするからわからないことあったら何でも聞いて下さい。



来年は、誰がスタメンなってもおかしくないぐらいみんな上手いし、そこは安心してる。ポジション柄、練習のモチベ上がらんかったり、しんどくなる時期ってのは絶対来ると思うけど、1人で抱え込もうとするといつか限界くるから、6人全員で協力し合って乗り越えて欲しい。

Gが強い関学を取り戻して下さい。みんなやったらできます。

来年は誰がスタメン勝ち取るんか、楽しみにしてます。



じゅたさん、もっちーさん、じゃんぼさん

リーグ戦での活躍を通して、たくさんのことを教えて頂きありがとうございました。

先輩達が大切に守り抜いてきた連続セーブ王の記録は僕で途絶えさせてしまうことになりました。本当に申し訳ありません。

今年一年、#15を輝かせることができずにすみません。来年のG達がまたGの強い関学を取り戻してくれるはずです。僕もOBとして応援します。また機会があれば集まりましょう。



阪大川瀬くん

読んでくれてるかわからないけど、最後の最後、川瀬くんと試合できてよかった。同じサウスポーとして、去年から試合出てて、参考にしてた川瀬くんからDMきて、そっからちょこちょこ話せるようになったの嬉しかった。

川瀬くんは俺のこと上手いって言うてくれるけど、実力は天と地ぐらい差あるよ笑

final頑張ってね、応援してる

お互い落ち着いたらご飯でも行こう。



黒江海志へ

4年間ありがとう。かいしとは趣味も合うことから、よく話したり、家泊めてもらったり、一緒にライブ行ったりと色々な思い出あるな。

DFリーダーとして、この1年間本当にお疲れ様。5月ぐらい、 DFに怪我や病気や諸事情やらが相次いで、生え抜き4回生DFが俺とかいしの2人だけになってしまった時期。辛かったけど頑張ってるかいしがいたから乗り越えられた。

リーグ戦は不甲斐ないゴーリーでごめんね。

期待に応えきれなかったけど、かいしが作るDF組織はすごく居心地が良かった。

本当にお疲れ様。



吉田純喜へ

主将お疲れ様。破天荒やったけど、曲者揃いのこの代をまとめ上げてくれてありがとう。

当初は賛否あったけど、プレーで黙らせていくじゅんきの主将姿、俺は大好きでした。

練習でショット当てて悶えてる俺を見て、満足にショット打てなくなってたじゅんきには、正直申し訳ないなって思ってた。

でもやっぱりお前には通算500回ぐらいショット当てられたと思う。最後に1発ぐらい殴らせて下さい。



立川朋幸へ

4年間本当にありがとう。

ともゆきとは色んな思い出あるけど、練習中に煽り合いしたり、ニアの駆け引きしたりする時間、実は結構楽しかった。

俺が合宿でB落ちて萎えてる時に、「俺はたぐーが決められて負けるんやったら、納得して引退できる」って言うてくれた時、ほんまに嬉しかった。その時お前と同期でよかったなって心の底から思えた。ありがとう。

実際ほんまにそうなってしまって笑えへんねんけど、お前みたいなすごい選手からそんなこと言ってもらえたのは、当時すごい心の支えなったし、一生忘れへんと思う。

不甲斐ないゴーリーでごめん。ともゆきがもっと全国で活躍する姿を見たかった。


最後に、何よりも感謝を伝えなくてはいけない両親へ


アメフト時代を含めると8年間、ほぼ毎試合観に来てくれて、気にかけてくれて本当にありがとうございました。


たまにビデオに声入ってるぐらいでっかい声で喜んでる父。ユーモアあって、自分とは真逆の性格してて、顔が似てること以外はほんまに親子なのか疑わしいけれど、しっかり芯を持っていて、昔から決めたことは絶対に投げ出さない所をすごく尊敬しています。一番近くにいて、1番尊敬している人です。いつもありがとう。


少し心配症な母にとって、アメフト、ラクロスといった激しいコンタクトスポーツは、正直あまりやってほしくなかったかもしれません。

アメフト部入りたい、ラクロスのゴーリーやりたい、一人暮らししたいって言うた時の母の少し悲しそうな顔は今でも覚えてます。

それでも、いつも応援来てくれたり、美味しいご飯作り置きして家に届けてくれたり、悲しくならんようにたまに犬の写真送ってくれたり、本当にいつもありがとうございました。


この21年間、何不自由なく人生を送れてきたのは両親のおかげです。一人暮らししたいって言うた時も、お金のことは気にせんでいいって言うてくれて、できるサポートは全てしてくれた。

両親には、すでに返しきれないほどの恩を受けています。

これから社会人になって少しずつ返して行きたいと思います。ありがとう。



ほんとは他にももっと書きたい人が山ほどいるんですが、そんなことしてたら卒論よりも長いブログになってしまうのでここらへんでやめときます。


長くなりましたが、最後まで読んで頂きありがとうございました。



次にブログを回すのは、TRの村尾さんです!


村尾は優しくて、ノリ良くて、話しやすく、よく周りが見えてるstaffだと個人的に思ってます。

そんなシゴデキそうな彼女ですが、実は結構社不だそうで、社会学部の一年生が受ける授業を、ついこの間まで受講していたそうです。

ちゃんと卒業できるんでしょうか。同じ社会学部生として、心配です。

ブログの提出は遅れたらあかんで笑

それじゃあ、あっついブログ頼みます!!

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