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「呆気なく儚い四年間」-4回生 MG 飯島綾菜-

日頃より応援してくださる保護者の皆様、OBG、関係者の皆様、多大なるご支援、ご声援ありがとうございます。


トップチームの活動は終了してしまいましたが、Bチームは11/9(日)に中央大学と全学準決勝、Cチームも日程は未定ではありますが早稲田と全学準決勝を控えております。

一回生チームもサマー予選一位、ユースカップ優勝という今後がすごく期待のできるフレッシュマンチームです。まだまだ京都カップ決勝にウィンターカップと控えておりますので、温かいご声援をいただけると幸いです。







ではバトンを繋いでくれたにしけんの紹介をします。




にしけんは今は毎回の練習で喋るくらい仲のいいプレイヤーです。


だけど一年生の頃は、「入部〆切直前にもう1人プレイヤーが増えるらしい」でにしけんだった時、友菜と凜ちゃんが苦い顔してるのを見て完全にやばいやつ認定してました笑


最初は文句言いだし優しくないしなんだこいつっって思ってたけど、時間が経つにつれて話もしてくれるようになって優しくて責任感があって何より賢くて。

今では2人でゼミ行ったりなんかするくらい仲良しになりました。


課題とか単位とかも助けてくれてありがとう!




にしけんの紹介はここまでにして私の思い綴らせて頂こうと思います。






「私ってどんな人?どんな人だった?」




そう聞くと、きっと友達も家族もみんなこう答えると思います。



「あやながマネージャーは似合わない、すぐ辞める」



悪気なしで笑




だって中学の頃にしていたバドミントンは本当にイヤイヤ、周りの友達が入っていたから、隙あらばサボる、そんな気持ちでしてたし、なんなら高校生の時は帰宅部。


学校が終わってあんなに楽しい自由時間をやらなくても良い部活に使うなんてありえない!

そう思って大好きな友達とマクド行く?梅田いく?ユニバ行く?なんて言いながらスカートを短くして遊び呆けたし、校則にダメって書いてないじゃんって開けたピアスもお母さんにも先生にも怒られて、その直後に反抗して更に2個開けてみたり、ずっと自分がしたいことを、したいことだけやってきてた。


中学でも高校でも、同級生がめんどいって言いながら部活に行く姿に共感できなかったし、やりたくない、めんどいことを続ける意味が分からなかった。

大学受験に部活って必要ある?なんて思いながら

その時1番コスパいい方法とか、楽な方法しか考えずに生きてきた。





高校卒業の日、全然悲しくなかった。だって大好きな友達とはすぐに会えるし遊べる。大好きな友達としか関わってこなかった高校生活でちょーーー楽しかった。



そう思ってた。



卒業式の日、部活の仲間で集まる同級生、みんな達成感のある顔してた。楽しかった仲間っていうよりかは一緒に何か乗り越えた仲間、戦友って感じ。

その周りには先輩の卒業を惜しむ泣いてる後輩の姿。





この様子を見て「あーいいなー」って心の中で羨ましく思った。


これがこの学校生活で得れなかったものだってはっきり分かった。

今まで楽なこと、したいことしかしてこなかった私がこの生き方では得られない経験とか感情ってこれかって突き刺さった日になった。






そこからなんで私が関西学院大学男子ラクロス部のマネージャーになったかっていうと、

百合の熱烈な誘い。



通称ぼんぼんという名で親しまれている百合との出会いは本当にたまたまで、大学生になって始めたバイト先で出会った。



大学どこ?って聞かれて関学って答えた瞬間、すごい勢いでうちもー!って尻尾ぶんぶん状態で私に話しかけてくれてそこからすぐに仲良くなった。



親友になる人って時間をかけてとかじゃなくて、多分こうやって「この人や」って直感で感じるんやって思ったくらい、会って2回目で朝マックすることが決定くらい百合とは気があったしなんなら前から友達だったような気もした。




そんな百合に、「ラクロス部の体験いかへん?4年間何もせんなんて勿体無いで」って言われて体験に行くことを決めた。これが間違いなく私の人生を180度変えたタイミングだった。




体験に行っても正直魅力は分からなかった。




初日の体験で百合は持ち前の明るい性格で、そこにいた郁子ともう仲良くなってて、すごく楽しそうだったし、私にも話しかけてくれた郁子はむっちゃ良い奴で、そこから徐々に「この人たちと部活仲間になりたい」って思って入部を決めた。


こんな私が部活をして、人を支える仕事を、マネージャーを4年間やり遂げれたことは本当に周りの友達も家族もびっくりしてると思う。





もうここまでで、はよ部活入ってからの話を始めろって思ってると思いますが、ここから入部後の話をしたいと思います。





こうやって百合に導かれて入ったラクロス部、一年生の頃は「マネージャー」という役割がどんなものなのか自分でも理解してなかった。


一人前のマネージャーになりたいっていうよりかは、育成の先輩たちに怒られるのが嫌で、練習中はプレイヤーの顔よりも育成の先輩の顔を見ていたと思う


自分がマネージャーとしてどうなりたいとかどう見られたいとかも全くなくただ練習に行って与えられてる役割をこなす日々が続いた。





2回生


上回生チームに合流し、1回生チームの時よりもうんとマネージャーとしての仕事がしやすくなった。

できる先輩たちのおかげで、自分の至らないところに目を向けることなく、ただ練習に行って帰るっていう繰り返しだった。



そこに私のターニングポイントになった出来事がある。リーグ予選の最終戦、関大との試合でベンチに入れていただいたこと。

このベンチに選んでもらったことが私のマネージャー人生の間違いなくターニングポイントになったと思う。



プレイヤーが試合でプレーしたいって思うように、スタッフも試合のベンチに入ることが一個の目標とご褒美になる。



先輩たちの運命を懸けた試合のベンチを任してもらえて、先輩たちの懸ける思いとか勝った時の爆発的な嬉しさとかそんな気持ちを間近で初めて味わうことができて、帰り道も余韻ひたひたのまま興奮状態で帰った。


この感覚を味わったあの時から、もっと頑張ろうって決意したことを覚えている。






3回生


マネージャーとして、唯一無二なマネージャーになりたいって1番ワクワクしてたし、楽しかった。



一個上の先輩は本当にみんな優しくて面白くてみんなその人にしかない魅力があって大好きだった。


後輩からも容赦なくいじられる愛され一志さんとか、ノンデリだけどずっと笑かしてくれる千葉さん、普段ニコニコしてるのにプレーすると声のトーンも変わって目がキリッとするとしさんとかもっともっとあげたら切りがないくらい本当に先輩たちは魅力的で先輩といた時を思い出すと自然と笑みが溢れてしまうくらい楽しかった。


特にスタッフの先輩方は、うるさくて元気な私たちを見守ってくれたし、優しく背中を押してくれた。

4回生になった時最上回生スタッフとしてこうなりたいっていう像も一個上の先輩たちが与えてくれた。



こんな大好きな先輩たちが作るチームで絶対に日本一になりたいって思ったし、先輩がいつまでもこのチームにいて欲しいと強く思った。



だけど、マネージャーとして出来ることは限られてるんだって3年生で参加したスーパーカップで改めて感じた。



初っ端から備品ミス、せっかくの大会なのに空気は重くて悪い、関東には惨敗。関西以外の大学と戦って、日本一ってめちゃくちゃ遠いこと、難しいことを目の当たりにした。


その帰りのバスで実咲とスーパーカップで何を得れたのか、何でこんな暗い気持ちになったのか話した。

このままでは日本一を獲れないことは分かっているけど マネージャーとして何をしたら良いのか分からない。


ここでやっぱりスタッフはプレイヤー頼みじゃないかって、最後の勝敗はプレイヤーに委ねることしかできないこのむず痒さに、2人でバスの中で悔し泣きした。



スーパーカップ後はそんな葛藤が自分の中をぐるぐる回ってモチベーションも低くなってしまった。




だけど先輩たちと過ごすと自然に、「自分も先輩たちの勝利の要因の一つでありたい」と強く思った。




そこからはクロスチェックを強化してみたり、昨年の公式戦全部見てファウル数とか数えてファウルについて熱弁してみたり、拓久さんが動画上がるの遅いってぷんぷんしてるから、なら私が爆速でYouTubeあげる!って試行錯誤してみたり、なんか全部にやる気が湧いてた。




先輩から褒められるのも必要とされるのも嬉しくて、無限にやる気が湧いてた気がする。



開幕戦のベンチに入れてもらった時には、死ぬほど嬉しかった。最後に校歌を歌ってスタンドを眺めた時は本当に頑張って良かったと思えた。







だけど先輩が引退した11月4日、スタンドから見ていて、負けたことが受け入れられなかったし、ここで先輩たちの4年間が終わったことが信じがたかった。



神戸の盛り上がる観客たち、弾んだハドルの声、神戸から始まる観客挨拶を聞いてようやく関学が負けたことを実感した。





その後の全体集合では、今まで見たことないくらい先輩たちが悲しそうな顔、悔しそうな顔をしているのを見て、これが引退かって寂しく悲しく思ったのを覚えてる。




そこで私は日本一を獲る目標はここだと思った。二度とこんな悲しい思いもしたくないし、みんなの悲しい顔も見たくない、日本一を獲れば笑って終えれるんだと、私の日本一への気持ちはこうやって固まった。







今振り返ると部活で楽しいって感情があったのはこの日までだったと思う。




それ以降の内政ミーティングから4回生の1年間を振り返って部活が楽しいって思ったことは一度もなかった。




この1年間は誰のために、何のために部活をしてるのか正直分からなかった。



四年生になって自分は評価してくれる人、尊敬する人がいないと何もやる気が起きないことに気がついた。




同期のプレイヤーを尊敬していないわけじゃない



だけど同期でたくさん一緒にいたから裏側やサボってるところも、約束が守れないところも見えてしまった。


私が支えるひとたちってこんな人たちかって失望してしまった


自分は頑張ってるって思ってるからがっかりするのか、なら頑張らない方がいいじゃんって消極的な考え方になってた。

3年生であれだけ成長したと思ってたのに逆戻りしてしまったし、「成長しないと」なんて気持ちも起きなかった。



ともくんと実咲とする面談でも、こんな気持ち見せたらダメだって自分の気持ちに嘘をついて苦しかったし、頑張ってる同期スタッフ、後輩スタッフを他人事のようにすごいなあって見てた。




もっとやり切った、4年間走りきったって言いたかった。

それが今の正直な感想。



今年も不意に引退が訪れて、また私はスタンドで引退を迎えた。



「ごめんね」ってわんわん泣いてるベンチスタッフがキラキラして見えたし、プレイヤーの覚悟を決めた顔とか最後の力を出し切ったプレーとかそんな姿を間近で見れてることが羨ましかった。



この1年間、引退する時の景色を考えて部活の原動力にしてきた。

ファイナル決勝のともくん、実咲、郁子と入るベンチを想像して明日も頑張ろうって自分を奮い立たせてた。




それが叶うことなく、4年間の終止符は去年と同じスタンドで迎えた。



こんな気持ちで1年間過ごした因果応報だと思ったし、神様は見てるんだなあなんて思ったりもした。







最後はこんな終わり方だったけど、ラクロス部に入って本当に色んな感情が芽生えて本当に成長できたと思う。





海志と喧嘩したこともたっくさんあったし、匠に明日部活サボりたいって千回は言ってきたし、郁子と合宿中にお互いの良いところ言い合って泣いたり、おみがCチームでゴールインした日よりももっともっと上手くなってAで活躍してるの見て感動したりとか、今までにない感情をたくさん発見できて、忙しく、面白く、最高な4年間でした。



海郎の代は、努力家で仲間思い、同期大好きな子たちばっかで、そういう色を持った代って技術があるとか層が厚いとかよりももっと最強のチームになると思う。

日本一 、 ほんまにがんばれ。



二回生は癖強くて私をいじってくる生意気後輩が多いけどみんなほんまみんな可愛いなって思う

二回生も同期愛強いからみんなでラクロス打ち込んだらまじで最強チーム作れる。

みんながどんな四回生なるのかもすごく楽しみ




今の一回生は何となく私たちが一回生やった時と似てて、一回生の活躍を見るたびにあの無双してた一回生の頃とか、自信たっぷりな同期を思い出して懐かしくなる。

一回生のみんなも努力家で素直で素敵な子ばっかやから絶対に関西優勝はもちろん、あかつきでも日本一獲れる。めちゃくちゃ楽しかったからその経験してほしいな







そして大好きな同期スタッフ。


落ち込んだ時、モチベーションが無くなった時、辞めたくなった時たくさんあったけど、間違いなく続けてこれたのは同期スタッフがいたから。


ともくん、みい、凜、友菜、郁子、百合、この6人全員熱い思い持ってて、一人一人違った強みがあって、何よりこのラクロス部に愛があって、

こんな最高な同期がいたから自分は成長できたし、ここまで辞めずに続けてこれたと思う。

みんなと話したくて部活行ってるし、合宿でも一つの部屋にみんなぎゅーぎゅーに集まって大富豪一生するのが定番で、それがもう一回できるなら3泊4日アスコザパーク行こかなって思える笑

こんなに面白くて最高な仲間に出会えるのか不安なくらい、みんなのことが大好きです


4年間ありがとう。






そして両親。

照れくさくて両親への感謝を綴るか迷ったけど、素直な気持ちを言えるのもラストブログの醍醐味かなと思い書いてみようと思います。


この4年間部活に打ち込めたのは間違いなく両親のおかげです。


ありがとう。


私のお母さんは、私が決めたことにそっと背中を押してくれるような人です。

私が部活嫌だってゴネてるときだって頑張れって笑顔で送り出して玄関先で手振ってたり、部活から帰ると夜遅い時だって温かいご飯作って待ってくれてたり、合宿とか遠征に行く時はキリートレモンとかゼリーとかお菓子とか私が好きなものいっぱい買って送り出して、帰ってきたら大好きなメニューばっかの夜ご飯出にてきて、その度に母に甘えれることが嬉しかったし、部活してるからこ感じれるこの優しさ、母からの愛は本当に幸せでした。


そしてお父さん。


私のお父さんは、毎日しつこく部活どやった?とか写真ないの?って聞いてくるくらい私のことが大好きです。

中学のバドミントンの引退試合では、試合に集中できないくらい私のことが1番よく見える観客席を陣取って観てたし、中学の卒業式の時には、家でいってらっしゃいと送り出してくれた父が、なぜか私が校門に着く頃にはビデオカメラを構えて私を撮っていたり、親バカっぷりにたまげたことは数多くあります。

私が部活の話をするたびに嬉しそうだったり、会ったことのある百合、みい、郁子とか私の部活でできた友達をたくさん褒めたりする様子を見て私も嬉しくなったし、成長した姿を見せれたのかなと思います。


この4年間支えてくれてありがとう。


これからたくさん親孝行するから待っててね!








今までの部活生活を赤裸々に綴って後でちょっぴり後悔しそうなブログになりましたが、以上で私のブログは締めさせていただきます。







次にバトンを渡すのは林 将太朗くんです。


一回生のころはでかくて細いのが海志、でかくてチャラそうなのが将太朗って覚えてたくらい十字架のピアスをしてサークルにいそうな雰囲気をしていたのを覚えています。

だけど今ではトップチームでチームに欠かさない最強DFとしてプレーしていて一年生の頃の姿からは考えられなかったと思います。


あかつきに行った時は他大のマネージャーがあの人かっこいいと表彰されていた将太朗に黄色い声援が飛び交うくらいちやほやされていました。

そんなイケメンキャラから今ではデブキャラになってしまってすごく残念です、、

部活を引退した彼は今後更に太ってしまうのではないかと夜も眠れません


優しくておっとりしてるようでツッコミは鋭い将太朗、彼のうちに秘めた思いが綴られたブログが楽しみです!


しょうたろたのんだーー!

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