喜びも悔しさも全てを胸に未来へ-4回生 FO #12 有馬大登-
- kg lacrosse
- 11月8日
- 読了時間: 9分
平素よりお世話になっております。
まず初めに日頃より応援をしてくださるOBG、保護者、関係者の皆様、いつも多大なるご声援、ご声援誠にありがとうございます。
京太郎から紹介に預かりました、4回生FOの有馬大登と申します。まずはブログを回してくれた、京太郎の紹介をしたいと思います。
彼はアナライジングスタッフとして、チームを支え続けたまさしく影の立役者だと思います。
彼がいなければ今年の関学のあれほどの得点力も生まれず、守備も崩れていたのではないでしょうか。
そして京太郎の次にブログを書くのが億劫になるほどの完成度の高い彼のブログ、なんかもはや難しい小説読んでる気分でラストブログ読んでるんか本読んでるんかよく分からなくなりました。
ただ彼の寡黙ながらにも情熱的なものを抱いていた胸中をブログで知り、僕もめっちゃ胸が熱くなりました。
リーグ戦期間はデータの分析で寝る時間もきっと少なかったのではないでしょうか。
沢山の時間などを犠牲にしながらも
チームを支え続けてくれて本当にありがとう
京太郎の紹介はここまでにして本題に移ります。
この4年間で天国のような時間も、地獄のような時間も幾度となく味わってきた僕が、この4年間をどう過ごし何を失い何を得たのか、
そして一回生の頃から自分に問い続けてきた「大学生活をラクロスに捧げたことは正解だったのか」という問いについて、4年間を振り返りながら今の想いを綴ります。
1回生
まず、ラクロス部への入部のきっかけを振り返ると、そもそも最初はラクロスなんてスポーツは知らなかったし、高校から続けてきたアメフトを辞めるという考えはありませんでした。
しかし高校からの怪我が治らず、このままアメフト部に入部してスタッフになるのであれば、たまたま何かで見つけたラクロス部でプレーヤーとして活躍し日本1になりたいという、正直今思えば妥協というか、本心じゃないというかそんな感じの入部だったような気もします。
とは言いつつ、一緒にアメフト入ろうと言っていた碇武も誘ってみればサクッとラクロス部に来たような気もするし、他にもアメフト部からたいきやたぐー、うおき、藤田、りんとが入るということに加えて啓明サッカー部数名も入るとのことで、なんか意外と面白くなりそうやなという感情も抱いていた記憶があります。
そしていざ始まったラクロス生活
ぼんやりと今思い返しても、当時はとにかく成功も失敗も何もかも全て楽しんでいたような気がします。
とにかく毎日雨の日も雷の日も、狂ったかのように隼佑と西北壁に行き、日付が変わるまで壁当てをしてました。当時はラクロスに対してネガティブな感情は湧くことはなく、とにかく無我夢中にクロスを握っていました。
実際に、自分の練習量に伴って成長も感じれたし、当時はパチオよりも早かったスタンシューを武器にミディーとして割と自信があったような気もします。
そしていつの間にか本職になったFOも、最初は反射神経とパワーがあればできるっていう誰かの言葉だけを信じ、点取って目立てるならなんでもやりますマインドで始めました。
地味やからおもんないと言われたFOの練習も、なぜか楽しく、気づけばのめり込んでました。
結果としても、チームもほぼ負けることなく、自身も成長を感じる日々を過ごし、サマー、京都カップ、ウィンター、あかつきの4冠を達成し、あかつきではベストフェイス獲得など、成功体験に満ち溢れた1回生時代となりました。
今思えば当時は怖いものなんて何もなく、とにかく自信を持ってラクロスを楽しんでいました。
2回生
ミディーを辞め、完全にフェイスオファーとして戦うと決め、大きな自信と共に本気でAの舞台で活躍することを目標に始まった2回生時代。
2回生が腐りがちと言われている中でも、そんな気持ちは一切なく、ただがむしゃらに桜雅さんと隼希さんに勝つために練習に取り組んだ結果、春先にAチームにメンバー入りを果たし、試合に出れるようになりました。
しかし5月頃のAの試合で右膝の後十字靭帯損傷という怪我をしてしまい、3ヶ月の離脱となりました。
「高校時代と変わらずまた怪我か」
「右膝つけへんからフェイスのセットも出来へんやん。」
というように当初はかなり絶望してた記憶がありますが、ひたすらに上半身の筋トレを行なった結果、復帰して間もなく再度メンバー入りを果たすことができました。
その後、リーグ戦では上回生相手に勝つこともでき、ファイナルという大きな舞台にも立たせていただくというこれまでにない経験をさせて貰いました。
しかしこの1年で育んだ自信こそが、のちに自分を苦しめる要因となったのかなと、今は思います。
3回生
意気揚々と3回生で関西ベストフェイスを取ると意気込んで始ったこの1年。
今思えば何も成長してませんでした。
メンバーの構成上、必然的にベンチには入れるし、隼希さんが疲れたら試合にも出れるし、出たら出たでなんやかんや勝てたし、
自分では慢心してるつもりも、驕っているつもりも、
ましてや練習をサボるなんてこともなく、
ただただこれまで通りにやって、現状維持の日々を過ごしていました。きっと無意識のうちに少しずつ自分の中で妥協みたいなものをしてしまっていたと思います。
ただ、正直このままで良いのかなと思い悩んでいたのも事実です。
関学にはFOコーチがいるわけでもなく、後輩の育成もしなければいけない、競争できる環境が普段の練習に無い、という課題に対して思い悩んでいました。
ただ時間の流れと共に、これらの問題意識も薄れ、結果的に上手いように問題から目を背けてしまい、結局この1年で得たものは無いに等しく終わりました。
そして始った4回生
振り返ると色々なことを思い出しますが、正直楽しかったことなんて1つもなくて、1年間ずっと苦しんでいた気がします。
正直自分でもどのタイミングでこうなってしまったのだろうか、と今考えても明確なものは何もわからないくらい自分の中で歯車が狂ったような感覚。
頭でイメージしても体がイメージ通りに動かない、
あと少しの感覚が分からず、永遠に自分の中で負の連鎖が起きているような感覚。
自分の不甲斐なさに失望し、自分に自信がなくなったことで、自分の口から日本一という言葉を発することや、みんなと普通に喋ることすらも億劫になっていました。
普段の何気ないみんなとの時間すらも自分の中でストレスになっていたことが、何よりも精神的にきつかったです。
ここからこの悔しさをバネに、調子を上げて、チームに貢献できるようになった、
と言いたいところでしたが、結局ラストシーズンでまともに勝利に貢献できたと言えるのは
リーグ最終戦の神戸戦のみ。
結局最後のファイナルの大阪戦でも何もできず、
本当に呆気なく自分のラクロス人生は終了となりました。
後悔なんて数えきれないほどにあります。
けど
とにかく楽しかった天国のような時間も、何もかもが嫌になった地獄のような時間も、
きっとその全てが
僕の人生では大切なワンシーンで
得たものの影には失ったものもあるし、失ったものの影に得たものもある。
確かにラストシーズンは自分にとって地獄のような
時間だったかもしれないが、
4年間という長いようで短かった濃厚な時間の中には
本当に数えきれないほどの学び、出会い、感謝がありました。
とは言いつつ
勝利こそが正義のスポーツの世界
日本一という目標を胸に始めたラクロス人生
結果はファイナル3敗退
自身も不甲斐ない結果
チームを負けさせてしまった責任
4年間問い続けた
「ラクロス部に入部したことは果たして正解だったのか。」
答えは
「まだ分からない」
この4年間の中の
幸せな瞬間も、
苦しかった想いも、
みんなとの思い出も、
数年後振り返った時に
これらを全て正解にするために、
ラクロス部に入って良かったと
心の底から言える日まで、
たった一度の人生
全力で最高に楽しみたいと思います。
最後にお世話になった方々に
感謝を述べさせてください。
両親へ
サッカー、アメフト、ラクロスといった
多くの経験が出来たのは他に誰でもなく
両親のおかげです。
大きな声を出して応援する熱狂的な親ではありませんが、スタジアムの端っこの方で静かに見守ってくれている姿は実はとても力になっていました。
支えてくれた分、結果で恩返しすることができなかったのは本当に悔しいけれど、沢山の得たものを少しずつ伝えていければと思います。
本当にありがとう
稜太さん、桜雅さん、隼希さん、りょーくん
沢山のことを学ばせてもらったにも関わらず、不甲斐ない結果に終わり申し訳ないです。
先輩方と過ごした計3年間、最高に楽しかったです。
変な人ばっかりだったけど、全員優しすぎるし、めっちゃ強かったし、先輩方と一緒にラクロスできて幸せでした。本当にありがとうございました。
同期へ
みんなの努力を勝利に繋げることができなくて
本当にごめん。
色々謝りたいことはあるけど、
1回生の頃からあかつき優勝したり、何気ない時間も楽しくて、本当に感謝しかありません。
沢山の思い出をありがとう。
このメンバーで戦えて良かったです。
引退したことだし、さっさとラクロスなんて取っ払って沢山遊びましょう。
後輩FOたち
数だけは国内トップの君たち。
全員意味わからんくらいに個性強くてだるい瞬間なんて星の数ほどあったし、いつ上手くなるねんとか、いつ体デカなるねんとか、パスフォームキモすぎるとか色々言いたいことはありましたが、
みんなが後輩で良かったです。
みんなの何気ない一言とかに救われたことは何度もあったし、路頭に迷っている時にみんなのおかげで自分を取り戻せた時もありました。
ただ、ラストシーズンで僕と同じような思いは誰にもしてほしくないので本当に練習は頑張ってください。
また行けたら練習行くわ。
くうと、しんじ、かんた、ごとしょ、なりや、しゅんご、きっぺい、ばやし、ゆーせい
なんやかんやみんなのことめっちゃ好きでした。
最高でしたありがとう
他にも感謝を述べたい人は沢山いますがここまでにします。
長くなりましたが、以上で僕のラストブログとさせていただきます。
次にブログを回すのは黒江海志君です
彼はなんと言っても情熱的で、
チーム愛に溢れた男だったと思います。
今年のチームの縦のつながりを生み出したのは間違いなく彼の努力が大きかったです。
ディフェンスリーダーとしても様々な問題を抱えながら戦うことは精神的にも身体的にも本当にキツかったと思います。
そんな多くの苦難を乗り越えた情熱男黒江の激アツニエニエブログ期待してます。
ほなよろしく〜








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