後悔を超えて、最後の恩返し-4回生 SDF 水落優治-
- kg lacrosse
- 10月16日
- 読了時間: 8分
日頃より応援してくださる保護者の皆様、OBG、関係者の皆様、多大なるご支援、ご声援ありがとうございます。今後とも関西学院大学体育会ラクロス部をよろしくお願いいたします。
それではまず、ブログを回してくれた大西くんの紹介をしたいと思います!
彼と出会ったときの最初の印象はクールでかっこいい奴やなと思っていました。しかし蓋を開けてみれば、とんでもない伝説を作り出し、緩急、間、表情で笑かしに来るお笑いモンスターでした。笑
真面目な場所で彼と目が合ってしまえば終わりと言ってもいいでしょう。
そんなしゅうきとの思い出は2回生のオフに山梨まで彼の車でグランピングに行き、BBQ、サウナ、フジQ、さわやかハンバーグを食べるなど大学生鉄板旅行をしたことです。道中僕はほぼ寝ていて彼にほとんど運転をさせてしまいました、ほんまにごめん。
しかし、彼は嫌な顔一つせず、笑顔で送り届けてくれるほどの優男です。
そんな彼の優しさ、面白さの魅力がみんなを引き寄せるのでしょう。
いつも本当にありがとうしゅうき、Bリーグ日本一なろうな。
大西君の紹介はここまでにしてここから本題とさせていただきます。拙い文章となりますがお付き合いいただけると幸いです。
ついにラストブログを書いている自分、1回生から考えると長いようで短い時間でした。
振り返ると嬉しいこと、楽しいこと、それ以上に悔しいこともあった4年間のラクロス生活でした。僕の4年間、そして今の想いをありのままに綴らせていただきます。
入部当初、右も左も分からなかった僕は、ただただ先輩や同期に怒られてばかりの日々でした。入部して早々に備品ミスをし、高見さんにめちゃくちゃ怒られた日の夜、かいせいと呑気に西宮ガーデンズにいると、偶然映画館で隣の席に座っていたのが、その高見さんだった時の恐怖は、いまだに忘れられません。笑
当時MDとしてプレーしていましたが、正直、一番の下手くそで、「このまま試合に絡むことなく、ぱっとしない4年間を過ごすやろうなぁ」と半分諦めていました。
実際当時の動画を見返すと、試合中に足をつって暴れまわっていたり、ハエの止まりそうなショットを打っていたり、かなりお粗末なプレーばかりでした。
しかし、そんな完全にネタ枠だった僕のラクロス人生を変えたのが、SDFとの出会いでした。
初めて1on1をした時に「これなら、俺でもやれるかもしれへん」と思い、当時コーチだったじゅんぺいさんに教えてもらいながら、徐々に上手くなっていったのを覚えています。
特にウィンター以降、それまでベンチから眺めるだけだった同期の活躍に、自分が肩を並べて貢献できているのが、心の底から嬉しかった。何より、あれほど楽しくなかったラクロスが、悪くないやんと思えるようになっていました。特にあかつきで優勝し、「日本一の世代」の一員になれたあの時は誇らしかったし、僕が一回生の時はAnswer世代のFinalを見たのもあって、ラクロスに対する考え方が変わり始めていました。
その勢いのまま2回生。
Aチームの一員としてプレーし、日々の練習で自分の成長を感じられる、チームに貢献できているという実感が、何よりの原動力でした。4年間で一番成長できた、最高の時間だったと思います。
このまま、Aチームで試合に出続けたい。
そう思っていた矢先、僕の前に大きな壁が立ちはだかりました。それは、他でもない「自分に対する甘さ」です。「開幕戦には何とか出れるだろう」当時の僕は、そんな甘い考えで自分を正当化していました。
しかし、僕が立ち止まっている間に闇落ちしていたはずの中井が、努力して見違えるほど上手くなっていて、一志さんも一気に調子を上げてきて、僕がいたはずのポジションは、もうどこにもありませんでした。
ベンチ外となり、スタンドから眺めた開幕戦。フィールドで躍動する同期たちの姿は、あまりにもかっこよくて、自分の情けなさを痛感しました。
しかし、一度失った場所を取り戻すのは難しく、3回生になっても、偉大な4回生の先輩三人と同期である中井の壁はどうしようもなく厚く、完全に怪我人が出た時の控え枠として1年間過ごしました。
しかし、Bコーチの千葉さんが親身に向き合ってくださったおかげで、プレーの質自体は4年間で一番高かったと自負しています。それでも、その厚い壁を打ち破ることはできませんでした。
そんな苦しい状況の中でも1回生の時に見たAnswer世代のFinal、そして何度も経験した同期と勝利の喜びを分かち合ったことが忘れられず、どうしてもプレイヤーとして残りたい気持ちが強まっている部分もありました。プレイヤーとして残るため、Bリーグでの出場機会や少ないAチームでのアピールの場を全力で取り組みました。
そして迎えたコーチ決めの面談の日
かいしから「優治はプレイヤーとして中井、しゅんすけと三人で一緒に頑張ってほしい」
そう言われた時には心の底から安堵し、その安心から何か一つ気持ちが切れてしまったのを覚えています。
そしてついに迎えた4回生ラストイヤー
このブログを書いている今、僕の心を占めているのは、たった一つの感情です。
本当にごめん。心の底から、申し訳ない。
ただ、その気持ちでいっぱいです。
「ラストイヤー、一緒に頑張ろう」と声をかけてくれた、かいし
何度もチャンスを与え続けてくれた、あき
中井としゅんすけと肩を並べて、開幕戦のフィールドに立ちたかった。
正直、申し訳なさすぎて、みんなの顔をまっすぐ見ることができません。
この後悔は、きっと一生僕の心に残り続けるでしょう。
自分なりにあがき続けた一年でした。でも、結果が全ての世界で、僕は何も残せなかった。
プレイヤーとして残れたことに満足し、4回生としての覚悟が足りていませんでした。
4年間で積み重ねてきた「甘さ」のツケが、一番大事な最後の年に回ってきたんだと思います。みんなの前では、笑ってごまかしていましたが、この一年間、本当にずっと悩み続けていました。人生で、これ以上後悔する時間はないとさえ思います。
けど、現実を受け入れるしかない。
まだシーズンは終わっていないし、後悔している場合じゃない。
周りにどう思われようが、どんなに惨めに見えようが、引退するその最後の瞬間まで、僕はあがき続けたいと思います。
理由は、チャンスをくれた仲間への、唯一の恩返しだと信じているから。
最後に立っているのがフィールドであろうがスタンドでも、この後悔を最後までやりきることで少しでも気持ちを塗り替えたい。
それに今のBチームは僕自身本当に大好きで、たいき、岡、藤田、しゅうきを日本一のコーチにしたいと本気で思ってる。そのためにも引退までの僕の残りの時間のすべてを捧げます。日本一取ろう。
ここからはお世話になった人へのメッセージを綴りたいと思います。
まずは両親へ
ここまで育ててきてくれて本当にありがとう。僕がここまでの人生で上手くいっていない時期があっても嫌な顔一つせずに全力でサポートしてくれたこと、小学校からどれだけ朝早くても僕のことを起こして送り迎えまでしてくれたこと、本当に感謝しています。挙げだすとキリがないほどの沢山の事をしてくれていたんだと今改めて感じています。まだもう少し、お世話になりそうですが、将来必ず親孝行します。待っていてください。
同期へ
この代じゃなかったら正直一回生で部活やめていたかもしれないです。それぐらい、みんな優しくて、おもしろくて本当にこの代で良かったと思っています!
今まで行ってきた遠征や試合、日々の練習、プライベートの些細なことでも全部僕の大切な思い出です。
引退しても、当分西宮にいるのでいつでも会いに行きます!
後輩へ
こんな僕についてきてくれてありがとう。4回生の途中何もかも全部投げ出したくなった時期もあったけどBチームでラクロスするのが楽しかったし、必要としてくれたのが、かなり大きかったです。ありへんぐらい生意気なやつばっかりやけど、ギリギリ踏みとどまれたのは君たちのおかげです。
いつでもバイト変わってくれる頼れるじえい。一番長い時間一緒にプレーしたせいたろう、なぜか最近師匠と呼んでくれなくなった井上、意外と一番まともで可愛いなおい、最近一番舐めてきてる有友、有友の次に舐めてきてるけどまだギリ可愛いなるひ、早くあげたアパレル着てマラソンランナー卒業して欲しいうきょう。
みんな大切な後輩です。
最後になりましたが、どんな時も僕を支え続けてくれた両親、指導してくださったコーチの方々、背中を追いかけさせてくれた先輩、こんな僕についてきてくれた後輩、そして最高の同期たち。全ての人に、感謝の気持ちでいっぱいです。
4年間、本当にありがとうございました。
次にブログを回すのは穴見君です!
穴見も第一印象から大きく変わった同期の1人です。最初静かな奴なんかなと思っていました。しかし、あかつき杯の時、僕のベットに一生飛び込んできて奇声を1時間ぐらい上げてきました。その時に、僕の中でやばいやつ認定しました。
けど彼は本当にいい奴です。僕が恋愛や部活の事で悩んで落ち込んでいても毎回相談に乗ってくれて、たまに殴りたくなる訳の分からないボケでいつも僕を笑顔にしてくれます。
それは僕だけにじゃなく、みんなにもそうで、いつも横を見ると藤田に張り付いて夫婦漫才をしていて微笑ましいです。
1回生で僕が備品ミス時、真っ先にあなみが長文の励ましLINEしてきてくれたことはいまだに忘れてないよ。ありがとう。
社会人なっても飲みに行こう。
それじゃあ穴見次のブログよろしく!!








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