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「情熱の薔薇」-4回生 MF #26 中坊匠-

「情熱の薔薇」-4回生 #26 中坊匠-



平素よりお世話になっております。






4回生MD #26中坊匠です






まず初めに日頃より応援してくださるOBG、保護者、関係者の皆様、いつも多大なるご声援誠にありがとうございます。



Aチームの活動は終了しましたが、BC1回生と他のカテゴリーは、まだまだシーズンが続きますので、引き続き温かいご声援のほど宜しくお願い致します。



また来シーズンは、頼れる後輩チーム平尾が必ず今年以上の結果を出すので、今後とも応援のほど宜しくお願い致します。








ブログを回してくれたMG中川友菜の紹介をします。

中学時代から合わせると10年目の付き合いになる中川は、明るくて、人生充実してますってイメージが強いです。いやきっと羨ましい人生を歩んでますこれからも。そしていわゆる自然界隈だと勝手に認定しています。そんなプライベートが充実してる中でも、渉外のLINEが来るのはかなりストレスだと思いますが、仕事ができるMGとして、ずっとやり切ってくれました!ありがとう!










-LAST BLOG- #26 中坊匠











ラクロス人生楽しかったです。











去年先輩が引退して後1年もあるんか。と思いながら始まったラストシーズンも





2025年10月18日

vs大阪大学 3-10





をもって終了しました。






何回も日本一まで遠くて引退まだまだやなと思う瞬間はありましたが、振り返ると、4年間はあっという間でした。特にラスト1年は早すぎました。この前コーチになってくれた人のためにも頑張ろうと思ったのに。





あの時こうしていれば、もっとやっていればとか色々後悔はありますが、それでも今心に残っているのは







「楽しかった」







という気持ちだけです。





自分自身、この1年もプレーで貢献することはなかなか出来ませんでした。





それでもピッチの上で

仲間とリーグ戦を戦えたこと

共に様々な感情を味わえたこと

4年間の成果が出せたこと





その全てが当たり前ではないことで、自分にとっては本当に幸せで、人生の財産になりました。

もう一生味わうことができないのかと思うと、あの一瞬をもっと噛み締めておけばよかったなと感じます。ただ、それでも忘れない記憶になりました。





これは自分が大事にしていることなのですが、「ふとした瞬間を鮮明に記憶する」ということで、一瞬でいいからその時の景色、感情を忘れないでおこうと鮮明に記憶します。そうすると、まだ22年の人生ですが、どれだけ時間が経っても忘れないあの一瞬の感情や景色を今でも思い出せて、それが人生の財産として記憶に残っています。





西猪名の集合風景から、ヤンマースタジアムでのあの声援までどこを切り取っても、もう一生味わえないという儚さがありながらも、幸せを感じられる大好きな景色です。






あの景色はまた明日も見れるのか……






試合が終わってラストブログを書いている今でも引退したことが夢だと思ってます。


また、おっくんに上行ってもらって45度待機しとこかなって考えながら66できるって思ってます。


ただのオフの日にも、またシュー練、ジム行きましょう、が来ると思って過ごしてます。






毎日あんなに練習してミーティングして、言葉の通り全身全霊ラクロスに懸けてきた、バケモンみたいに上手いチームメイト達は、絶対に、ここで終わってはいけないプレイヤーだったからこそ、申し訳ない気持ちが大きいです。





彼らの姿には感化されていたし、リスペクトしていたし、だからこそ引退した後直接話すと泣いてしまいそうで何も言えんかったけど、ずっとかっこよかった。おかげさまで特に開幕戦以降は、少し近づけるぐらい、やりきったと自負できるぐらい壁も行って頑張れた。ありがとう。






同期、後輩、そして家族。本当に恵まれた環境だったと心の底から思いました。






鉄人主将を筆頭にキャラの濃いメンバーが集まる同期。出会った時は、優治と蒼人の区別つかんかったのに今思えば全然ちゃうし、むっちゃ真面目なんやろなって思ってたやつがやらかしキャラへと成長していたり、啓明組を裏で回してると思ってたやつが回されていたり。





そして、まだ自分は引退じゃないのに泣いてくれる後輩や何も悪くないのに謝ってくる後輩とか、ほんまに可愛くて仕方がなかったし、そんなメンバーとたわいもない会話をする時間がもうなくなると思うと寂しいし、せめてあと1試合ぐらいあと1練習ぐらいやりたかったな。





引退前は、「練習無いのが信じられへんくなって寂しい」なんて絶対思わんやんって気持ちやったけど、今は練習無いのがありえないし、何したらいいかあんま分からんし、少し心に穴が開いたような気がします。





なんでそうなったのか考えると、まだ今のところラクロスがしたいってわけでは無さそうで……





ただあのメンバーの顔を見たくて、ゾーン中のシュー練時間を過ごしたくて、たかおみがいじられてるところを見たくて等々、やっぱりあの雰囲気を味わえないのが何よりも寂しいです。





特にオフェンスメンバーとは過ごす時間が長かったのですが、皆それぞれ色があって面白かったし、後輩達はよくできた可愛いやつばっかやなとつくづく思っていました。碇と何回この話したか分からないぐらい2人とも後輩愛溢れてました。





そう思えるのはもちろん彼らのおかげが1番ですが、それと同時に昨年のシーズンがあったから、かっこいい先輩がいたから、という理由も大きくあります。





昨年は、リーグ最終戦以降メンバーから外れ、Finalは、Aの練習にいてメンバーに入れないたった1人の選手でした。





簡単に言うと、プレー面は全くもって何も貢献していない1年間でした。





情けなかった。悔しかった。





そんなパスミスだらけの自分がいる中でも、関わってくれた先輩達。もうあのいじりが聞けないと思うと寂しい功一さんとか、今年も助けてくれた拓久さん、おもろい話や変なパスを教えてくれた史也さん、でかい背中で見せてくれた一太さん、引退した日にこの1年ずっとモチベーションになった言葉をくれた晏生さん、歩遠さん。





FINALでスタンドから見た、そんな先輩達は






最後までかっこよかった。自分もここでプレーしたい、こう思われたい。






と心の底から思うほど輝いていました。





最高のオフェンスの先輩がいたからこそ、自分はこの1年頑張れたし、そんな理想像になれなかったけど、こうなりたいと少しは後輩達に愛を注げたのかなと思います。







そしてもう1人愛を返さないといけない人。







母です。







母は毎試合観に来てくれて、試合観戦が人生の生き甲斐ってどんだけ親バカやねんって内心思ってしまうぐらい愛してくれていました。





大差で迎えた4Qラスト1分ぐらいに聞こえた、小学生の時から何千回聞いたか分からないほど耳にした







"頑張れ"







って声だけが熱闘甲子園の演出並みにノイズ無しで耳に届いた瞬間は、






「あ、この声聞けるの最後なんや、、、」






スポーツドラマの終わりのようで、同時にスポーツ人生の終わりを想像させてきて、やっぱり母さんの声まだ聞きたいなって思いました。





幸せでした。これから愛を返します。ありがとう。





兄の背中を見てなんとなく始めたラクロスですが、このスポーツを通じて得た経験や価値は、ブログでは語れないほどあります。





1回生。日に日に上手くなるラクロスが楽しくて、関係ない友人も壁に連れて行ったり、壁に行ってクロスの写真を撮ってみたり、今思うと悪く言えば激イタラクロッサーで、良く言えばラクロスを愛してる奴やったと思います。





この頃は自信もあって、今当時の動画を見返してもなかなかいいランシューしてんなって褒めたくなるほどでした。パスは相変わらずでしたが。。当時のブラザーだったおそらく4年間で見ても最速のランシューをもつ、なつきさんの動画を見て照らし合わせていたのも、純粋に上手くなりたいという気持ちが行動に出ていたからだったと思います。





最強の同期のおかげで試合にも勝ち続けるし、最終日本一にもなれたし、本当に幸せでした。楽しかったです。








2回生。実は学年リーダーやったのに、ほとんどラクロスの記憶がないぐらい遊んでいて、もったいなかった1年。





未だに学年リーダーをなぜやっていたのか謎ですが、最初は不器用なりにやってやろうと頑張っていました、個人としてもチームとしても。ただ、その頑張りが終わってしまった日が明確にあります。





それが2023年3月18日。





新人大会で日本一になった日。達成した時は最高に嬉しかったし心の底から喜んだ。ただそれとは反面、現状に満足し過信してしまった日だった。同期が上手くて勝ててただけやのに。





以降、そのシーズンの記憶が全くない。別に練習休んでたわけではないのに。ただ同期と一緒に練習できて楽しかった。さらに、これを何とも思わなかった。この代が日本一を取れなかった一因は、この1年にあると思うし、自分に大きな責任があると思う。





これは4年間の中でも大きな後悔。





それでも努力を続けてAに入る同期もいたし、なんやかんや練習にくる同期や、一緒にシュー練で左アンダーを練習してモチベーションを高めてくれた同期もいた。この時は本当に周りの仲間がいたから、まだ最低限の努力、まだ楽しく練習できていたと思う。ありがとう。





今振り返ると、この1年間が1番学びを得たのかもしれない。やらないと成長しないという当たり前のことを、やっと身をもって知れた。





引退試合で、ポストに当たったランシューも、このツケが回ってきたんだなと思えば納得する。何千回と打ってきたはずなのに。





本当に色々あった4年間。





高校サッカーの3年間を超える経験はもう一生ないだろうと思っていましたが、同等の充実度で本当に最高の経験でした。







関学ラクロスの応援で1番好きな









「情熱の薔薇」









改めて歌詞を見た時、4年間が終わった今の自分の気持ちを表してるようで励まされてるようで。特にヤンマーで感じた大声援。いつ思い出しても泣けます。










永遠なのか本当か 時の流れは続くのか

いつまで経っても変わらない そんな物あるだろうか


見てきた物や聞いた事 いままで覚えた全部

でたらめだったら面白い そんな気持ち分かるでしょう

答えはきっと奥の方 心のずっと奥の方

涙はそこからやって来る 心のずっと奥の方


なるべく小さな幸せと なるべく小さな不幸せ

なるべくいっぱい集めよう そんな気持ち分かるでしょう

答えはきっと奥の方 心のずっと奥の方

涙はそこからやって来る 心のずっと奥の方


情熱の真っ赤な薔薇を 胸に咲かせよう

花瓶に水をあげましょう 心のずっと奥の方











ラクロス人生最高でした。








 




自分の価値観を形成し自覚したこの期間を忘れないために、自分の想い、考え方を最後に記します。








「誰かのために」








これが自分のモチベーションの根源であり、理想とする人が大事にしている事です。





おそらく一生涯を通して目指していく、大切にしていく言葉です。





そうなった要因は自然に生まれたものが1つと、ある経験を機に変わったことが1つです。





1つは上述の通りである母の存在です。





今では私の事を考えて控えめにいてくれますが、小中学校のサッカーでは勝手に総監督とかやってました。それぐらい応援が好きな母で、たくさん愛情を注がれました。だからこそ、誰かのために行動することが、その誰かにとっては、救いになって幸せに繋がっているのだと、幼いながら感じていたんだと思います。





もう1つが高校サッカー時代のある仲間達です。





自分が悩んでいた時に、私の知らない所で監督に対して、自分のことについて話してくれて、LINEのグループを作って相談も乗ってくれた。むちゃくちゃ励みになった。こんなええやつおらんなって思ったし、自分も誰かのために行動できる人間でありたいと思った。




こういった2つのきっかけが価値観を作った。





だからこそ、日本一という最高の景色を見せることで1人でも多くの人にそう思ってほしかった。叶わなかったが、少なくともラストシーズンはその思いを背負って駆け抜けることができた。





大学ラクロスでどれだけ還元できたか分かりませんが、誰かがどこかで感じてくれていたら嬉しいです。








いつか理想の人間になれるように。









以上、激クサBlogでした。





最後に次ブログを回すにしけんこと西本拳大の紹介をして締めくくります。


唯一無二のクリースキャラ兼ブレインで今年のオフェンスを全面的に支えてきた彼とは、10年間部活が一緒で切磋琢磨してきました。大人でしっかり者でええやつです。ただ、たまに耳を疑うような発言をするダークな部分はずっと変わりません。バイトあんましてへんはずやのに後輩への羽振りがいいです。そのお金はどこからなのか。自分が後輩なら西本先輩が良かったっすね。そんなかっこいい漢です!


自分の信念を持ってるであろう超大人なにしけん次頼んだ!

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