「感謝」4年間でできた仲間、思い出、全てが宝物-4回生 SDF 保田隼佑-
- kg lacrosse
- 10月23日
- 読了時間: 9分
平素よりお世話になっております。
日頃より応援をしてくださる保護者の皆様、OBG、関係者の皆様、多大なるご支援、ご声援誠にありがとうございます。
むらおから紹介にあずかりました、4回生sdf の保田隼佑と申します。
文章を書くのが苦手で拙い文章になると思いますが、最後まで読んでいただければ幸いです。
まず、ブログを回してくれたTR 村尾の紹介をします。
むらおは“話しやすい”この言葉につきます。練習中、僕の気持ちが落ちている時も、むらおは気を遣って接する感じがなく、いつもと変わらず雑なイジリをしてきたり、
よくわからない絡みをよくしてきました。引退した今振り返ってみれば、それが逆に彼女なりの気遣いだったのかもしれませんね。
でも、練習中の何気ない村尾との会話にかなり救われていたなと振り返って思います。
感謝してます!
彼女の紹介はここまでにして、本題に入ろうと思います。
振り返れば振り返るほど何を書けばいいか分からなくなって、うまくまとめれないと思いますが、各学年で自分の記憶に深く残っている出来事や日常、当時の心境を綴らせていただきます。
1回生
大学はサークルに入って、遊び尽くそうと意気込んで入学して、いろんなサークルの新歓に行きました。
最終的にフットサルサークルを選んで、入会のお金を払おうとしている頃に、学籍番号が隣で、同じ授業が多かったことで仲良くなった有馬から、“ラクロス部入らん?お金だいぶかかるし、強要はできんけど、入って欲しいわ”概ねこんな感じで勧誘されました。
一瞬悩んで、いやサークル入ろう。と決めて最初は有馬からの誘いを、やんわりと流していました。
けどその時既に有馬はラクロスの練習にいってて、かなり充実した1日を過ごしていて、次第に有馬の一日の充実ぶりを羨ましく思い始めて“一回練習いってみるわ”と連絡したことを覚えています。
そこからは、以外とラクロスが面白いことがわかって、気づいたら入部していて、ラクロス漬けの日々が始まりました。
有馬や結構序盤に仲良くなったともゆきと西北でめちゃくちゃ壁して、気づいたら真っ暗。一日の大半クロスを扱っている日常が楽しかった。
同期のみんなはめちゃ上手くて、試合はあんまり出れなかった。それでもみんなと練習して、授業にいって、その後壁をする生活が楽しかった。
ラクロスに出会ってから一回生が終わるまでの一年はこんな心境であっという間でした。
2回生
サボってしまった。
当時はCチームがなく、2回生がメインで出る試合がほとんどなくて、試合がないならなんのために練習やってるんやろとそれを心の中で言い訳にしながら、毎日夜遅くまでやってた壁の頻度が激減して、練習も休むようになってしまった。それが悪循環とわかりながら。
この1年間は本当に自分の弱さが出た1年間で本当に後悔しています。
今、2回生の後輩達。Cチームが作られて、以前より試合の機会が増えたといえど、1番やる気が出ない時期だと思います。でもこの時期がおそらく1番重要で、最上回生になった時に試合に出れればいいやという考えは絶対に良くないです。必ずサボったツケはどこかでまわってきます。だから、めっちゃしんどいけど踏ん張って欲しいな。まだ間に合う。
一回生の頃の記憶みたいに、鮮明に覚えているできごとがあまりなくて、ただ、”サボってしまった一年間”という印象だけが強く残っています。
考えてみれば簡単でそれだけラクロスに対する熱が冷めていて、ラクロスが中心の生活から目を背けていたからだと思います。
3回生
この1年間で最上回でプレイヤーとして残るか、コーチとして活動することになるのかが決まる年。
もう後悔しないように、ここから頑張ろうと意気込み、壁も行って、ジムを契約して筋トレも本気で取り組んだ。初期に比べたら身体もできあがってきて、成長してる実感があった。
Bリーグの試合も少しずつ出場できるようになってきて、調子も上がり、もしかしたらこのままミディーとして来年もプレイヤーで残れるかもしれない。
でも、遅かった。
3回生の中盤あたり、現状コーチ候補のプレイヤーが集められるミーティングに呼ばれた。
このまま、ミディーで続けるか、sdf orゴーリーにポジション転向して最後まで足掻くかの選択をじゅんきが提案してくれた。
プレイヤーに残る可能性は低いけど、ミディーを最後まで続けるか、ポジション転向に懸けるか。
かなり悩んだけど、最後くらいチームに貢献したいと思って、夏合宿前あたりの時期にsdfに転向することを決めた。
sdfに転向した夏から3年最後の冬にかけては、当時Bチームコーチの千葉さんに本当にお世話になりました。
DFのオフボールからオンボールまで、基礎的なことを千葉さんに叩き込んでもらって、始めたてなのにも関わらず、Bリーグの試合にたくさん出させてもらって、多くの試合経験を積ませてもらいました。千葉さんの熱心な指導がなければ絶対プレイヤーとして残れてなかったと思います。
4回生
自信をなくした1年。
新チームが始まって、運良くプレイヤーに残してもらい、スタートからAチームで練習に参加をすることができた。
この時少し自信があって、”よっしゃ、やったろう”そう意気込んで練習に臨んだけど、すぐに心が折れかけた。
Aチームのプレースピード、1on1の強さ、オフボール、なにをとってもBチームでやっていた時よりも格段にレベルが上がって、何も通用しない。
かいしにもボロボロに言われて完全に自信を無くした。
“なんでプレイヤーで残ったんやろう”と心の中で思った時期もあったけど、
残りたくても残れなかった同期がいるのにこんなこと口が裂けても言ったらいけないと、何度も自分に言い聞かせてました。
リーグ戦
開幕早々に同志社、立命館と落としてはいけない試合を落としてしまった。
特に立命戦は自分のせいで負けたと言ってもいいくらいのミスを連発して負けてしまった。
そのせいでDF全体、特に4回生の雰囲気を落としてしまって、本当に申し訳なかった。
それでもかいしがみんなを鼓舞してくれて、どうにかチームとしても立ち直って、後の京大、神大の強敵を倒して結果的に、2位でファイナルに駒を進めることができた。
ファイナル準決勝
正直最後の4Q以外あまり覚えてないです。
でも鮮明に覚えてるのは
4Qの最後、みろうとありーが試合中なのにも関わらず声を上げながら号泣している姿。
最上回生が試合中に泣くのは絶対だめだけど、我慢できなかった。
自分の代じゃない後輩達があんなにも全力で戦ってくれてたのにも関わらず試合に負けて、本当に悔しかった。
試合が終わって、ひとりになった時も4Qの最後の光景が頭から離れずに、1人で泣いてしまった。本当に後輩達に支えられてた1年間やったな。
これ以上こんな思いを後輩達にしてほしくない。これからは応援することしかできないけど、来年本当に期待してます。
チーム平尾やってくれ!
ここからはお世話なった人達に感謝を述べます。
同期へ
本当にいろんなキャラがいて飽きることのない4年間でした。
福岡から、兵庫に引っ越してきて最初は友達できるやろうかと不安な思いで入学してきたけど、そんな不安はラクロス部に入ってすぐに吹っ飛びました。
同期のみんなとむちゃくちゃ飲んで、時には朝まで飲んで、吐くまで飲んで。もう数えきえないほどのゲ○をみてきました。
そんな日常が本当に楽しくて、飲んでる時は一生この時間が続いてほしいなって思ってました。
かいしがアルハラしてきたり、最近はしょういちがやけに攻撃的でアルハラしてきたり、じゅんきは日本酒を人にかけたり、あおとは1人で暴走して1人で気づいたら潰れていたり。一回生から現在進行形でずっと楽しいです。
ありがとう。
社会人になったら、みんなと離れると思うと悲しいけど、たまには飲みに誘ってください。
まだ卒業まで時間はあるので、いっぱい思い出
作ろう!
後輩達へ
生意気な後輩が多かったけど、そんなとこも全部かわいくて、大好きです。特にAチームにいた後輩達には本当にお世話になりました。
いっつもにっこり笑顔で爽やかな挨拶してくるサスケ、ほんまに練習、試合全てで頼りになるあっちゃん、ともひろ、11すると手首折れそうになるくらいゴツいはるき、ほんまに穏やかで、少しスネてるとこくらいしか見ないくらい優しいおっくん、仏像たかおみ、先輩のこと大好きすぎる有川、ほんまに上手くなったみろう、生意気はせしゅん、バイト漬けで常に限界な周平、パッション田中、すでに2児の父の風格を持つまさむ、もう少し真面目にやりなさい、亀山、金谷。ここに書けてない後輩達も本当にありがとう。
これからしんどい時期が続くと思うけど、頑張ってね。
最後に両親へ
約22年間、ずっとサポートしてくれてありがとう。
小2から高3までの12年間はサッカーに打ち込み、大学では4年間ラクロスをやって、思い返すと本当にスポーツ漬けの人生だったなと思います。こんなにも長く続けられたのは、間違いなくふたりの応援や支えがあったからです。
高校でスポーツは一区切りにして、大学ではサークルに入って思いっきり遊ぼう。と思ってたけど、いざ色んな新歓に行ってもどこか物足りなくて。そんな時、「やっぱりもう一回、部活やってみようかな」とお母さんに電話で相談したところ、嬉しそうにしてくれてたのを今でも覚えています。
高校サッカーではベンチにいることが多くて、ラクロスでも3年間はベンチ外。応援のしようがないような状態だったのに、ずっと応援してくれて、本当に励みになってました。
「最後の1年くらい、いっぱい試合に出て、両親に喜んでもらえたらいいな」と意気込んで迎えたラストシーズンは試合にも出られるようになって、自分なりにほんの少しは恩返しできたんじゃないかなって思っています。
これまでお金のことをはじめ、いろいろ迷惑もかけてきたけど、これからは社会人として、自分の力で少しずつでも返していけたらと思ってます。
今まで本当にありがとう。これからもよろしく。
拙く長い文章でしたが、最後までお読み頂きありがとうございました。
次にブログを回すのはゆうなです。
ゆうなはお母さんみたいな安心感と優しさがあって、ゆうなが部活中に不機嫌になったりしている姿を見たことがないです。
いっつもにっこりしていて、頼みごとをした時も嫌な顔ひとつせず、聞いてくれました。
ありがとう!
なんとなくやけどゆうなが同期の中で1番結婚早そうやなって思ってます。結婚式呼んでね
それじゃあゆうなよろしくね!








コメント